朝がやってきた。列車の揺れが激しくて、私はろくに眠れなかった。Zも同じかと思いきや、元気たっぷりの様子だ。「えっ、○○(私の名前)は眠れなかったの?私はぐっすり眠ったわよ」といかにも爽快そうだ。根本的に身体の作りが違うのか、あるいは年のせいか。
事前に調べたところでは、武夷山のホテルはなかなか取りにくいらしい。そこで、ホテルを手っ取り早く確保してしまおうと、Ctrip(携程カード)の窓口に電話をかけた。しかし、主だったホテルは全ていっぱいになってしまっていると回答が返ってきた。一軒だけ部屋があるそうだが、そこは実績がないので設備がどの程度がわからないとのことだった。山のふもとのホテルは設備がひどい場合が多い。あいまいな情報で予約しては快適に過ごせない。やむなく、地球の歩き方で紹介されていたホテルに電話をかけてみる。ここも設備ははっきりしないが、とりあえず、部屋は余裕があるようだった。最悪の場合はそこに泊まることに決め、列車が武夷山に着くのを待った。
11時弱、武夷山駅に到着した。客引きがどっと押し寄せてくるかと思ったら、そういうことはなかった。タクシーもあったが、バスでも行けるようだったので、バスに乗って行くことにした。バスはそのままでは武夷山方向へは行かず、市内に向かってしまうそうで、途中で乗り換えねばならなかった。駅前から、まっすぐ三分ほど走って、大通りに出たところで下車し、武夷山
度暇区の方向へ行くバスを待った。ここまでは1RMB。
5分ほどでバスがやってきたので乗車(3RMB/人)。バスには女性スタッフが乗っていて、親切に質問に答えてくれる。私たちがホテルの名前を言うと、運転手にそこで停車するように伝えてくれた。
11:20、武夷山度暇区に到着。昨日の天気予報では雨になるとのことだったが、幸いにも雨は降っていない。
まずは、地球の歩き方で紹介されていたホテルに向かった。広々とした別荘型のホテルだが、シーズンオフのためか、ロビーも廊下も灯りがついておらず、真っ暗だった。その上、シャワーが電気式だったので、他を探すことにした。
ホテルを出たところで、雨が降り始めた。雨宿りをかねて、昼食をとることにした。山の観光地にあるレストランは、ぼったくりと言っていい値段の料理がずらっとメニューに並んでいることが多い。それを避けるつもりで、小綺麗な、小さな食堂を選んで入った。しかし、メニューを広げると、(ここもか・・・)と思わずうなるほどの値段の料理が並んでいた。こんな小さな食堂で、数百元もするような料理を並べて客が入るのかと不思議に思う。面子を重んじ、また旅行時の散財を是とする中国人の性質を前提としなければありえない値段だ。
「ここはやめて出ようか?」と私が提案した。他に客が一人もいないし、なんだか不安だ。
しかし、Zは「ううん、食べる。安いのを選んで食べましょう」と首を横に振った。こんな値段をつける店では、安いのを選んだら選んだで最低の料理がで出来そうだが、Zはすでにハングリーモードに入っているようだ。諦めて、Zに注文を任せた。
注文した料理がやってきた。予想通りというか、予想よりもひどく、野菜も新鮮ではないし、スープに至ってはほとんど味がついていなかった。「全然、味がついてないわ。これじゃお湯よ」とZが大声で文句を言った。だが、店員の姿は見えず、Zの声だけが空しく店内に響くのだった。
食事を終え、精算した。Zは腹の虫が治まらないらしく、お金を払いながら店員に文句を言っている。「店員に文句を言っても無駄だよ。料理作っているの彼らじゃないし」と私が言うと、「いいのよ。言えば、この店もちょっとは変わるでしょ。だいたい、何か言ってやらなきゃ気が済まないわ」と憤慨気味の答えが返ってきた。なるほど、後半に重点があるわけだね。
再び、ホテル探しを始めた。さっきのホテルはガラガラだ。最悪でも、ここに戻ってきて泊まれば良い。雨はぽつり、ぽつり程度なので心配しなくて良さそうだ。納得のいくまでホテル探しをするとしよう。
Ctrip(携程カード)では、いっぱいになってしまっていると言われたホテルに電話をしてみた。ホテルによっては、Ctrip(携程カード)向けの部屋数に制限があるところもあるようなので、直接電話をすれば、空いているケースもあるだろうと考えたからだ。インターネット上では、そこのホテルはずいぶん評価が高かったから、400RMB以下なら泊まっても良いと考えていた。
電話をすると、スタッフが出て対応してくれた。ツインで380RMBの部屋が開いているとのこと。10RMBほどCtrip(携程カード)より高いが、まぁ、許容範囲だ。ここまで結構安く上がっているから、散財してもいいだろう。
歩いて5分ほどでホテルに到着。四つ星ホテルだけあって、綺麗なロビーだ。こぢんまりしているが、お金がかかっていそうな装飾品が溢れている。フロントに女性スタッフが立っていたので、部屋はあいているかと尋ねたら、「ありません」と冷たく断言された。「電話で確認したときは、380RMBのツインルームが空いていると言われたよ」と告げると、どこかへ電話をし、「あなた部屋があるっていったの?」と責め立てるような様子で質問をした後、受話器を置くと、「わかりました。二階へ上がってください」とだけ言った。
恐ろしく、態度が大きい。四つ星だということで気張っているのだろうが、不愉快だ。サービス業というのは親切が基本だろう。
ともあれ、指示された通りに2階へ上がると優しい笑顔をした服務員が待っていた。「このお部屋です」とすぐ後ろにある部屋のドアを開けて、私たちを招き入れた。部屋に入ると、暖かい空気が私たちを包みこんだ。あらかじめ暖房を効かせてあったのだ。春節の冷たい空気の中を歩いてきた私たちには、天国のように感じられた。部屋も、四つ星ならではの豪華さだ(五つ星は泊まったことがないのでわからない)。部屋が新しいから余計に綺麗に見える。このクラスの部屋に泊まったのは、二年前張家界の市内に泊まったのが最後だったと思う。
「いいね、この部屋!」
「本当~」
Zの目がとろんとしている。相当な満足度だ。
「よし、ここにしよう。これで本当に380RMB?」
私は服務員に確認の声を向けた。
「いいえ、この部屋は一泊480RMBです」
「えー、だってフロントの人380RMBって言ってたよ」
「380RMBのは別の部屋ですよ」
「それなら、フロントで確認するよ」
フロントまで行き、さきほどの女性スタッフに尋ねた。
「今のは480RMBの部屋です」
「どうしてだよ。380RMBの部屋の話をしたんだろ」
「380RMBの部屋もあります」
スタッフがチラッとZをみやる。
なるほど、わざと480RMBの部屋を見せたのか。
しかし、私とZのコンビにその手は通用しない。
「じゃあ、380RMBの部屋を見せて」
私とZは声を揃えて言った。
「この人たちを○○の部屋へ連れて行って」
女性スタッフは、諦め声で、ポーターに指示をした。
ポーターの後ろについて、ロビー脇の通路を歩いていく。灯りが全くなく、真っ暗だ。
「もしかして、ひどい部屋なんじゃないか」
ポーターに尋ねると、「いいえ、場所が奥まったところにあるだけで、全く同じですよ」
(そんなわけはないだろう)
階段を上がったり下がったりし、やがて目的の部屋についた。
開けてもらったドアに入った瞬間、やっぱりという感じだった。内装は古ぼけているし、シーツなどもいかにも使い古したという感じだ。さっきの部屋とは比較にならない。暖房がまだ入っていないのは、普通だが、さきほどの部屋が暖めてあったので、ひどく寒く感じた。
Zの顔を見ると、「やめましょう」と一言。「そうだね」。廊下を抜けて、フロントを素通りし、ホテルの外へ出た。「さっきの部屋をみた後でなければ、まぁまぁの部屋だったんだけどね・・・」と私が感想をもらすと、「そんなことないわよ。あれで380RMBもするなんて、詐欺だわ」とZが憤った。期待の部屋に泊まれなくて、怒り100倍という感じだ。「まったく・・、あのフロントも態度が悪いし、最悪だわ」と怒り冷めやらぬ様子で文句を言い続けるのだった。
「まぁ、今日は時間があるし、ゆっくりホテル探しできるよ」
「そうよ、もっと安くていいところが必ずあるわ!」
いつもはホテル探しを嫌がるZがやる気まんまんだ。
Ctrip経由では、ホテルがいっぱいになっているということだったが、観光客の数が多いということではなさそうだ。ただ、冬季のために営業をせずにいるホテルが相当有り、そのため選択肢が限られてしまうようだ。特に暖房やシャワーにこだわらなければ、泊まるところに困るということはないようなので、ぼちぼち歩きながらホテル探しをすることにした。
「ほらっ、あそこ。あそこのホテルはどう」
さっそくZが指で示したので、そちらのホテルへ行ってみる。フロントの女性に尋ねると、一泊220RMBだという。「お湯は24時間でるのか?」と質問をすると、「夜にならないと出ないわ」とのこと。私たちが難色を示すと、「でも、修理部のほうに要求してみて何とかするわ。とにかく部屋を見てください」と熱心に言った。言われるままに、部屋の下見を行う。部屋は綺麗で、シーツも新しい。リフォームしたばかりという感じだった。だが、お湯の供給に不安があるままでは決め手に欠ける。「一泊200RMBでどう」というフロントスタッフの声に、「もうちょっと探してから・・・」と答えてホテルを出た。
続けて、すぐ横のホテルに入る。フロントには男性が立っていて、知り合いらしい女性と楽しげに話していた。私たちが近づくと、女性が「ここに泊まるの?」と親しげに話かけてきた。「部屋を見てから」と答えると、「私が案内するわ」とフロントの男性スタッフに目で合図をした。スタッフが頷くと、女性は先に立って歩き出した。
階段を登りながら、女性は「私は昔ここで働いていたのよ」と自己紹介をした。なるほど、しかし女性の服装はとても服務員レベルの生活をしている風ではなかった。毛皮のコートに、いかにもお金がかかっていそうな髪型、それにバッグ。本当にここで働いていたの?という感じだった。
部屋は十分に綺麗で、お湯も24時間出ると言う。重ねて聞いても、間違いないというので、私たちはこのホテルに泊まることに決めた。
部屋代は、最初の一泊は200RMBでいいが、残りの二泊はピーク時なので、280RMBということになった(1:00)。料金の妥当性は微妙だが、シャワーと暖房がしっかりしていれば良いとしよう。
フロントで手続きを済ませ、部屋へ向かう途中、額にかけてある従業員と著名人の写真に気づいた。覗き込んでみると、確かにさっきの女性がいた。化粧もあまりしておらず、服務員の制服を身につけて、いかにも素朴そうな様子だ。さっきのいかにも富裕そうな外貌とは大きくかけ離れている。顔立ちが整っていて、背も高かかったから、ホテルの経営者かその親戚にでも見初められて玉の輿にのったのかもしれない。
昨晩は列車の中で一晩過ごしたから、汗だくだ。シャワーで汗を流すことにする。
2:10,ホテルを出て、バスに乗車し、市内に向かう。深センへの帰りの足を確保するためだ。市内は春節とあってさすがに賑やかだった。田舎町ながら、公園やら広場やら、あちこちに人だかりができていた。
市内で下車すると、バス・ステーションへ向かった。武夷山登りが終わった後は、バスで永定へ向かい客家の住居を見学してから深センへ帰るというのが理想のルートだったからだ。しかし、バス・ステーションは、春節の休暇で、お休み中だった。明日も開くかどうかわからない。やむなく、エア・チケット売り場へ向かう。しかし、頼みのエアチケットも、深セン行きはいっぱいだった。20日だけは空いていたが、それでは山登りに一日しか割けない。最低でも二日は確保したいので、飛行機で帰るのは一旦諦めることにした。