朝8:15、アパートを出発。
アパート近くのタクシーの溜まり場で、タクシーを一台つかまえてバス・ステーションへ向かう。最近は、地元のヤクザ(愚連隊?)のショバ代取り立てが厳しいのとガソリンの値上げとかで、最低運賃の基準が上昇傾向にあり、運賃交渉が難航することが多いが、顔見知りの運転手がいたので10RMBで行ってもらえた。
バス・ステーションに到着すると、広州行きのバスはすでにスタンバイ状態であった。バスを見た途端、Zが「ほら、もう間に合わないわ。間に合わなかったら朝ご飯を食べに行きましょう」と宣言をする。(いやいや、間に合う、間に合う。そんなに朝ご飯が食べたいか)と心の中で突っ込む私。
連休初日とあって、チケット売り場は込み合っていたが、Zが頑張りなんとかチケットをゲット(50RMB/人)。朝食が食べられなくて残念そうだ。
8:30、バス出発。
「でも、あれよね。何だか、最近、私ばっかりチケットを買っているような気がするわ。知り合って最初の頃って○〇(私の名前)がチケットを買ってきてくれたのに、何だかおかしいなぁ」
(朝食が食べられなかった八つ当たりか?)と思ったが、それは言わずに、「そんなことはないよ。よく考えてみろよ。旅のルート決めからホテル探しまで、全部俺がやっているんだぞ。Zは一緒について来るだけじゃないか。チケット買うぐらいやらないと不公平だろ。だいたい、Zは中国人なんだから○×▲□■・・・」と続けようとする私を押し留め、「わかった、わかった、もう言わないで」とZは降参した。(ふぅ~、危ない、危ない)と私は胸をなでおろす。
10:15、広州省バス・ステーション着。ここからは、広州各地へのバスが出ている。インターネット上の情報では、「『徳慶』直行バスがある」というものと、「『徳慶』直行バスはないので、『肇慶』で乗り換えてから行かなければならない」というものの二つがあった。季節によって違うのか、バス・ステーションによって違うのか、昔は直行バスがあったけれども今はないのか、昔は直行バスがなかったけれども今はあるのか?いくつかのパターンが考えられる。
ともあれ、混雑した広州でウロウロとはしたくないので、この省バス・ステーションから直行バスが出ていなかったら、「肇慶」経由で行くとしよう。少し余分に時間がかかるかもしれないが、「肇慶」には4年ほど前に一度行ったことがあるので心配ない。
10:40、「肇慶」に向けて出発。「徳慶」直行バスは残念ながらなかった。バスが出発すると、Zが「1階にもチケット売り場があったわね。あっちだったら、『徳慶』行きがあったかもね」とつぶやく。そう言えば、そうだ。1階のチケット売り場は何のためにあるのだっけ?省外に出て行くバスのチケット売り場だったかな。「徳慶」は一応、省内にあるからそれだと違うことになるが、どうだろう。2階は豪華大型バスしか出ていないようだから、1階は中型バスを取り扱っているのかもしれない。いろいろと可能性はあるが、1階のチケット売り場は真っ暗で陰気くさいし、なんだか危険な匂いがする。「肇慶」経由で正解だろう。
12:40、ようやく「肇慶」到着。
予想より、ずいぶんと時間がかかった。そう言えば、4年前は「佛山市」発でやってきたからすぐについたように感じたのだろう。
13:10、「肇慶」発(40RMB)。食事をしてから出発しようとも考えたが、「徳慶」までどのくらいかかるかわからない。トイレに行きたくなると面倒だから、到着後に食事をすることにした。
14:50、「徳慶」到着。今度は予想よりも大分早く着いた。インターネット上の情報では、もう少しかかるようなことが書いてあったと思うが、道路が整備されてきたということだろうか。
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【徳慶バス・ステーション】 |
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バス・ステーションを出ると、バイタクの運転手たちが寄ってくる。追い払って、売店に寄り地図を買おうとするが、「徳慶」の地図はないとのこと。ずいぶん田舎だから、無理もない。しかし、そうなると、ホテルまでの行き方がわからない。一応、インターネットでいくつかピックアップしてきたから、バイタクに乗っていけばすぐだろうが、それでは面白くない。
ぶつぶつ文句をいうZを宥めながら歩き出した。
バス・ステーションの前の通りを右に向かって進んでいくと、しばらくして、住宅街に出た。田舎町には似つかわしくないぐらい、真新しい。そのまま、まっすぐ進んでいくと、公道に出た。
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【バス・ステーションの前の通り】 |
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【徳慶の街中<1>】 |
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【徳慶の街中<2>】 |
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「ホテル、まだ?」と文句を言うZの手を引いて、今度は公道沿いに歩いていく。途中、電器屋やら、スーパーやらがぽつぽつとあるぐらいで、目新しいものはない。せめて、珍しい露店でもあれば、良いのだか、それもなし。
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【徳慶の街中<3>】 |
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【徳慶の街中<4>】 |
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1時間弱歩き、そろそろホテルに行くかと思い始めた頃、ホテルらしき建物が見えてきた。「新時代大酒店」の文字が見える。確か、インターネットでピックアップしておいたホテルの一つだ。リュックからプリントアウトしてあった紙を取り出し、確認をする。間違いない。外見からすると、あまり居心地の良さそうなホテルではないが、ここではこれが限界というところだろう。
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【新時代ホテル<1>】 |
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15:40、チェックイン。宿泊代は一泊168RMB(保証金400RMB)。可もなく不可もなくといったホテルだ。
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【新時代ホテル<1>】 |
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今日は、もうやることもない。街歩きはつまらなそうだし、近場の観光地にでも行くとしよう。調べておいた観光地に三元塔というのがあったので、そこへ行くことにした。
ホテルを出ても、バイタクがいなかったので、さきほどやってきた道の一つ裏の通りを歩いていくことにした。裏通りはそれなりに賑やかで、デパートや商店街があった。しかし、特に珍しいものは見当たらない。そこで、バイタクに乗って、「三元塔」へ向かった(4RMB/人)。二人別々のバイタクに乗らなければ駄目だというので、分かれて後部座席に乗る。
バイクは私たちのホテルの前を通り過ぎて、まっすぐ走っていく。最初4RMBは高いと思ったが、これだけ距離があるのなら仕方がない。
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【徳慶の街中<5>】 |
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十数分ほど走って、「三元塔」に到着(入場料10RMB/人)。「三元塔」の「三元」とは科挙の状元、会元、解元のことを指すらしい。解元は、省内試験の第一位、会元は中央試験の第一位、状元は皇帝による面接試験の第一位が獲得する称号とのこと。総称して三元というわけだ。つまり、科挙合格祈願の場所だったようだ。逸話もあり、「いつまでも新しく古くならないように」という施工時の要求に従って、特別な塗料が使用されているため、築400年経った今でも、真新しいままなのだそうだ。(それはないと思うが・・・)。
「もう私ここまでにしとく」というZをなだめすかして、一番上まで上った。川沿いにあるので、山と川が一度に楽しめ、なかなかの風景だ。塔の中央には、頑丈そうなお賽銭箱が設置してあり、貫禄に敬意を表して紙幣を投入した。
4:15、三元塔を出る。しかし、バイタクもタクシーもない。バス停もないので、しばらく歩くことにした。「せっかくだから、歩いてホテルまで帰ろうか?」と冗談を言うと、「何言ってるのよ。ホテルまで何キロあると思ってるの!」と真剣になって怒るZ。「ぜったいバスに乗るわ!」とぷんぷんしながら、先を行くのだった。
しかし、歩けど歩けど、バスは通りがかる気配は全くない。やがて、奇妙な時計台が見えてきた。近づいてみると、工場らしき門の上に細い鉄の棒を組み合わせて土台を作り、その上に大きな時計台が載せてある。途中まで作って、お金がなくなってやめたのだろうか。或いは、建屋を作ったときにあまった材料を使用して組み立てたのかもしれない。
この工場を少し過ぎたところに、大勢の工員がたむろっていて、わずかだか露店も出ていた。幸いバイタクが数台いたので、これに乗車してホテルへ向かって出発(3RMB/人)。ここでも二人一緒に後部座席に乗るのは拒否されたので、この辺りではこれがローカルルールとして成立しているようだ。
18:00、ホテル着。Zがお腹空いたとうるさいので、今日は食事らしい食事をしていなかったことを思い出した。(バスの中で、けっこう菓子を食ったか・・・)。ホテルの外へレストランを探しに行ったが、どの店にも客がほとんどおらず不気味だったので、ホテルのレストランで夕食をとることにした。値段は若干高めだったが、まぁまぁのお味。
【夕食】 |
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食事が終わると、部屋でごろごろしながらテレビを見た。朝からバスに乗りっぱなしだったから、相当疲れている。本番は明日だ。ゆっくり休むとしよう。
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