靖西の旅


灰色の部分が広西チワン族自治区です。

2005年9月8日
 この旅は「南寧市の旅」の9月10日部分からの続きます。ご興味のある方は是非ご覧になってください。

 11:40、「湖潤」という街を通り過ぎる。

 11:50、紐で道路が封鎖されている。事故でもあったのだろうか。

 12:00、封鎖が解け、再出発。

 山々のそこかしこから水が溢れ出している。緑と水の豊かな地域だ。
 靖西の街の中にバスが入った。ちょうど宿泊予定のホテルのそばを通り過ぎたので懸命に目を凝らす。かなりのオンボロホテルだ。大丈夫かな?

 12:40 靖西着。
 バス・ステーションの内部は古いものの意外に広い。どっちが出口なのか検討もつかないと迷っていると、Zが「こっち、こっち!」と私の手を引っ張る。
 「本当か?」と疑いを投げかけると、
 「そうよ。何なら、賭ける?」と強気の発言が返ってきた。
 ここで賭けにのると必ず負けるのは経験上はっきりしている。
 「賭けない、賭けない」と素早く断った。
 「つまらなーい」と口を尖らせるZ。
 Zは慎重派で、負ける危険のある賭けを自ら持ち出すことはまずないのだ。きっと、どこかに出口を示すプレートが貼ってあったに違いない。
 
 通路の途中にチケット売り場があったので、Zを引き止めた。
 靖西で一番良いとされているホテルは、インターネットで調べた結果では、「靖西大酒店」ホテルだった。バス・ステーションに到着するしばらく前に、そのホテルのそばを通った から、近くにあることもわかっている。だが、田舎だけあって、予想以上にボロかった。道路脇に出されていた案内板によると二ツ星ホテルらしいが、とてもその水準に達しているようには思われない外観だった。そこで、チケット売り場で 他のホテルの情報を得ようと 考えたのだ。インターネット上のホテル情報は偏っていたり、古かったりすることがままあるから、もっと良いホテルがある可能性に期待したのだ。
 「このチケット売り場で、一番いいホテルはどこか聞いてみよう!」と私が持ちかけると、Zは唇を歪めて、
 「ホテルは決まっているんじゃなかったの?」と文句を言った。
 どうやら、お腹が空いてきているようだ。明らかに声のトーンが高くなっている。「お腹が空いたのか」と指摘してやると、「そんなことないわよ」とそっぽを向 いた。
 「予定していたホテルは『靖西大酒店』なんだけど、さっきバスの窓から見たらえらくボロかったんだよ。だから、別のホテルがないか、ここで聞いてみようよ」と説明すると、
 Zは「○○(私の名前)はホントに選り好みが激しいのねぇー」と大げさに語尾を伸ばす。ちょっと設備の悪いところに泊まると、絶え間なく文句をいう癖に・・・。
 だが、私が売り場の女性スタッフに話し掛けようとするのを見てとると、すすっと間に入り、私に代わって質問を切り出してくれた。
 「靖西で一番いいホテルはどこ?」
 なぜかスタッフは待ってましたとばかりに身を乗り出してくる。
 「ほら、すぐ横を見て!」
 指で示された方向に目をやるとバス・ステーションの敷地の横に建設中の建物がある。まだ外側にタイルもはられていないコンクリート剥き出しの状態だ。
 「あれは私たちの会社がオープンする予定のホテルで、三ツ星ホテルなの。三ツ星よ。靖西では今は二ツ星ホテルしかないから、一番いいホテルということになるわ」。
 「うん・・・」と戸惑う私。まだ完成していないホテルの宣伝もされても困る。とりあえず、「もう泊まれるの?」と聞いてみた。中国では未完成の建物でも(ホテルでは見たことないが)一部オープンというのがあるからだ。
 「まだよ。あと三ヶ月ぐらいしたらできるから。そうしたら・・・」とそこでようやく、スタッフは自分の情報が私たちの役に立たないことに気づいたらしく、口を閉じた。とにかく自分の話したいことを話す。相手の状況は関係ない。中国人のこのスタイルには日々の仕事で慣れているはずではあるが、旅行という場面で遭遇するとまた別の味わいがあるものだ。同じ中国人であるZは、このような時一体どんな思いでいるのだろうか。そう考えてZの横顔をちらりと眺める。・・・どうやら、全く気にしていない。単純に、(次は私の番ね)ぐらいの顔だ。同じ中国人だから、当然と言えば、当然か。
 ともあれ、一応確認の質問を重ねた。「そうすると、今一番いいホテルはどこ?」。「靖西大酒店よ」。もう用が終わった。「ありがとう」とお礼を言って、立ち去る。

 通路に戻ると、Zが「『靖西大酒店』って、さっき○○(私の名前)が言っていたホテルでしょ」と尋ねてきた。「そうだよ」と答えると、「だったら、聞かなくても良かったじゃないの」と畳み掛けてくる。「いや、だから、もっといいホテルがないかと・・・」。「まったく、○○(私の名前)は選り好みが激しいんだから・・・」。(オイ、オイ、また話がそこに戻るのか)。

 ロビーに売店があったので、靖西の地図はないかと尋ねてみた。地図にホテルが紹介されている場合もあるからだ。「あるわよ」とスタッフがケースから取り出してきたのは、明らかにコピー機を使って複写したと思われる地図 だった。確かに靖西の地図のようだが、街中の地図ではなく、靖西県全域の地名を点線で結んであるだけのものだ。これでは全く役に立たない。丁寧に返却をした。

 あきらめて、バス・ステーションを出た。6人乗りのバイタクがたくさん群がっていたので、そのうちの一台に乗車することにする。「『靖西大酒店』」までいくら?」と尋ねると、一人1.5RMBだという。値切ってみようかと思ったが、Zの殺気を感じたのでやめ た。お腹のリミットが近くなってきているようだ。

  ガタガタと音を立ててバイタクが走り出す。バイタクの進行方向に向かい合って長いすが二つ設置されているタイプなので、後ろから街の様子が見える。とにかくバイタクが多い街というのが印象だ。私たちの後方にも、どこかへ向かおうとしているバイタクが3台も走っている。 西部劇で、馬を駆っているかのような様子だった。
 

【靖西大酒店<1>】

 

 1:00、ホテル到着。フロントの後ろの壁に確か二ツ星のプレートがついている。ロビーの様子からすると、明らかに旧式タイプのホテルだ。まずは、部屋を見せてもらう。部屋まで行く途中、ホテルのスタッフがはにかみながら挨拶をして きた。まだ観光客慣れしていないようで、初々しくていい感じだ。

【靖西大酒店<2>】

 

【靖西大酒店<3>】

 

【靖西大酒店<4>】

 

 部屋の内装は立派ではないが、清潔にしてあるので不満はない。床はタイルだが、汚いカーペットが敷いてあるよりよほどいい。想像していたより、はるかに良かったので一安心。ただ、トイレも旧式のホテル風の作りなので、Zの目には気に入らなかったらしく、「もっといい浴室のある部屋はないの?」などと無理をスタッフに向かって言っている。「こういうホテルは、こんなものだよ」と私が言うと、仕方ないわねという顔をして引き下がった。

【靖西大酒店<5>】

 

 一泊100RMBのところをZが値切って、90RMBとなった。部屋に荷物をおいて少しゆっくりする。「そんなに悪くないホテルで良かったね。一応クーラーもあるし」と私がいうと、少し不満顔をしている。「浴室が気に入らないんだろう?」と指摘すると、Zは黙ってうなづいた。考えてみれば、Zは私と暮らすようになるまでは旅行などしたことがないはずだ。私もZを連れての旅行では行く先は比較的大きな都市ばかりだったし、できるだけ良いホテルに泊まるよう心がけていたから、Zはこうした旧式のホテルに泊まった経験が全くないのだ。「田舎のホテルはだいたいこんなものだよ。むしろ、ここは綺麗なほうなんだ」と説明すると、いくぶん納得した顔になった。

  「じゃあ、今から、食事に行こうか」と声をかけると、待ってましたとばかりに立ち上がり、「もちろんよ!」と返事を寄越す。気合はいり過ぎだろ。

 ここまで気合の入ったZを、レストラン探しで引き回すのは危険だ。50メートルも歩かないうちに、ボロクソにけなされること間違いなし。そう感じ取った私は、ホテルで昼食を済ませてしまうことに決めた。「ホテルでいいよな」と尋ねると、「どこでもいいのよ。あっちいったり、こっちいったりしさえしなければ・・・」とこちらを睨む。こういうときのZは、まるで飢えた虎のようである。

 3Fから2Fへ下り、レストランの中をのぞくと、店員が皿をもってウロウロしているのが見えた。どうやら、食事の用意をしているようだ。店員たちも食事の時間というわけだ。「なんだか店員さんたち、食事を始めるみたいだよ。(僕らは)食べられないんじゃないか?」と話かけると、Zは怒ったように「そんなわけないでしょ!」と店員たちを押しのけるようにして、レストランの中にずかずか入っていく。続けて、一人の店員に向かって、「食事できるわよね」と念を押すように声をかけた。

 店員の承諾を聞くと、Zは近くのテーブルに手をつき、どかっと椅子に座った。続いて私も席につく。とにかく、好きなものを食べさせて機嫌を直してもらおう。そう思って、Zがメニューを開くのを横から眺めていた私だったが、料金をみて驚いた。単品がどれも50RMB以上の値段だ。一泊90RMBのホテルで、なんで料理が50RMBもするのだろう。部屋代で稼げないから、レストランで稼ぐ算段か?
 「定食(快餐)もありますよ。定食にしますか?」。私たちの驚きをみてとった店員が後ろから声をかけてきた。中国で快餐というと、いわゆるぶっかけご飯のようなものが多い。安っぽいステンレスのお盆や発泡スチロールの入れ物に、ご飯と数種類の炒め物を乗せたものというのが主流だ。味が決して悪くなく、濃い目でけっこううまい。ただ、列車の中でならともかく、旅先で食べるのはちょっと・・・と私が躊躇していると、Zが「わかったわ。定食にするわ」と返事をした。意外と経済観念のあるZであった。私もしぶしぶながら同意。料金は一人15RMBとのこと。
 快餐か。若干意気消沈気味の私だったが、出てきた料理は、なかなかまともであった。豚肉の炒め物と角煮、卵焼き。そしてスープがちきんとしたお皿に盛られて出てきた。味も良い。15RMBもするから、これぐらいのものが出てもおかしくはないが、ホテルだということを考えると、リーズナブルな値段だといえる。もっとも、深センの物価高を基準に考えての話だから、この田舎で考えると、やっぱり高いのか?

 ともあれ、満足して食事を終え、レストランを出る(1:45)。今日の目的地は「鵝泉」という場所。鵞鳥がたくさん集まる泉なのだろうが、あまりパッとしない感じだ。でも、メインは明日行く予定の「河下り」だから、今日は無理をしたくない。フロントで行き方を尋ねると、ホテルを出て右へ向かって歩いていくとバスがあると教えてくれた。 

【ホテル前の通り】

 

 ホテルの前には、田舎町らしい、いささか殺風景な通りが広がっている。フロント・スタッフに言われたまま、まっすぐに歩いていくが、バスのありそうな気配がない。「やっぱりタクシーで行こうか?」とZを促してみるが、「大丈夫。フロントの人があっちにあるって言っていたわ」と取り合ってくれない。やむなく黙々と歩きつづける。

 5分ほど歩いたところで、ようやく十字路に出る。十字路に出てもホテルの前と様子は変わらない。バイタクの行き来きが若干目立つぐらいだ。散策を楽しめるような街ではなさそうだ。いささかがっかりしていると、Zが右側を指差し、「ほらっ、バスがあったわよ。私の言った通りでしょ」と自慢に声をあげた。

【靖西の街中<1>】

 

 だが、かなりのオンボロバスである。ボロいというか、汚い。かまわず突進して乗り込むZ。「これ『鵝泉』行きよね」と確認をして、ドア近くのシートにどさっと腰を下ろす。私は慌てて後に続き、隣に座った。

 「『鵝泉』までどのくらいかかるの?」とZが尋ねると、「すぐだよ」と明るい声で運転手が答えた。何分ぐらいかかるか聞いてくれ、と私が横からZを促すと、Zがわかってるわよという顔をして、「何分ぐらいかかるの?」と重ねて聞く。運転手は、そんなことを聞かれたのは初めてだという表情で、しばらく黙り込んだ後、「20分ぐらいだ」と返事をよこした。

【鵝泉行きのバスの中】

 

 続いて、「入場料はいくらするの?」と尋ねる。運転手は、「お前たちは、外地人か?」と逆に質問をしてきた。「そうよ」。「そうだよ」。私たちは声を揃えて返事をする。すると、「○×▲・♪■XX■◎○すれば、5RMBで済むよ。現地人は5RMBでいいからな」とアドバイスをくれた。方言が入りすぎていてよく聞き取れないが、入り口のところでとまらずに、さっさと入ってしまい呼び止められたらお金を払えばいいと言っているようだ。Zに「何て言っているんだ?」と尋ねてみたが、「はっきりしないわ」と答えが返ってきた。運転手は、「でも、俺が言ったっていうんじゃないぞ。怒られてしまうからな」と話を締めくくった。

 10分ほど経ってようやくバスが動き始めた。が、近くの建物をぐるりと一周走らせた後、目の前のバスを指差し、「あっちへ移れ!」と指示してきた。他の乗客は慣れているらしく、ぞろぞろとそのバスへと移動していく。私たちも、わけがわからないまま後に続く。運転手も変わり、出発っ~!何なんだ?交代の時間待ちだったのだろうか(2:10)。

  本当に大丈夫なのだろうかとの私の不安をよそにバスはゆっくりと街中を走りつづける。市場か何か華やかな場所はないだろうかとバスの外に目を凝らすが、小さなお店が続くばかり。ただ、6人乗りのバイタクだけが、勢いよく街を走り回っている。

 街を出た頃に、バスのスタッフが運賃を集めに回る。一人2RMB。
 バスの外は緑溢れる風景が続く。桂林のように奇岩が多いということはないが、緑の所々に岩肌が見え、山もぽっこりした形のものが目立つ。

  2:35、「鵝泉」到着。下車したのは私たちだけ。
 さて、運転手が言っていたような抜け道があるものだろうか?と入口の方に目をやる。だが、入口のすぐ隣にチケット売り場があり、そこに座っているスタッフがすでに私たちの存在に気づいて、眼を爛々と輝かせているではないか。
 これではとても無理。そう判断して、素直に10RMB/人を支払って門をくぐった。 

【鵝泉<1>】

 

 中に入ってみると、目の前には普通の農村地帯が広がっていた。特に綺麗にしてあるということはなく、ただ田んぼが広がっているだけだ。ここまで来れば、「鵝泉」というのが、「森の中にひっそりと存在する美しい湖畔」なのではなく、「ただの溜池」であることは想像に難くない。(農村を安心して眺めることができると思えばいいさ)と自分を慰めながら、前へ進む。

【鵝泉<2>】

 

  私の落胆をよそにZは元気溌剌である。「森の中にひっそりと存在する美しい湖畔」というものを期待したりしていない分、この普通の農村の風景が自然に受け入れられるのだろう。

【鵝泉<3>】

 

 真中に川が流れ、左右に田んぼと山々。村の一部を囲って、若干道路を綺麗にしただけ・・・。とりあえず、「鵝泉」というぐらいだから、鵞鳥でも探すか?でも、鵞鳥ってどんなだっけ?前に福建省のどこだかの寺に行ったとき、鵞鳥の卵なるものを食べたが、あれはまずかった。ずいぶんでかい卵だったなぁ。卵の形は覚えているが、鵞鳥?あれだけでかい卵を産むのだから、きっとガタイもいいのだろう。そう言えば、がちょうは番犬代わりになるという話を聞いたことがある。うーむ、だいぶイメージが湧いてきたぞ。そうなると、「鵝泉」というのは、どちらかというとゴツゴツした感じの泉ということか。そう言えば、頭の中で白鳥と鵞鳥をごちゃまぜにしていた。

【鵝泉<4>】

 

 おっ、鳥が群れている。「あれが鵞鳥?」と後ろを振り向いてZに尋ねる。「あれは、アヒルよ」。「そう」。

【鵝泉<5>】

 

 「あれは?」。「あれもアヒル」。ガチョウ、全然いないじゃないか。これじゃ「アヒルの泉」だよ。

【鵝泉<6>】

 

 鵞鳥を求めて歩き続ける。広いので、どこからどこまでが川でどこから泉が始まっているのかが全くわからない。

【鵝泉<7>】

 

 飛び石が綺麗に並べられて、川(泉?)を渡れるようになっている。雑草をきちんと刈ってあればずいぶんとイメージがよくなると思うのだけれども・・・。

【鵝泉<8>】

 

 とってつけたような水車。歪んでいて実用性はありそうもない。

【鵝泉<9>】

 

 ひたすら歩く。何もないのでZも飽きてきた様子だ。・・・と思っていたら、ようやく面白そうな物が現れた。渡し舟。ドラム缶の上に木材を載せて作ってある。滑車とロープで両岸が結ばれており、船に乗ってロープを引っ張ると、船が対岸に近づいていく仕組みになっている。Zと二人でえっせら、こっせらとロープを引っ張り向こう岸に渡った。

【鵝泉<10>】

 

  再び鵞鳥探し。「あれ、あれ、あれは鵞鳥じゃないか?」と指差す方向にZが面倒臭そうに目を向ける。「うん、そう。あれは鵞鳥よ」。おおっ、とうとう鵞鳥に会えた。でも、遠いせいか、ずいぶん小さな気がする。「本当に鵞鳥?」と重ねて尋ねる。「そうよ、鵞鳥よ。・・・たぶん」。なーんだよ。はっきりわからないのかー。

【鵝泉<11>】

 

 最後の見せ場らしき場所に到着。お婆ちゃんが一袋1RMBで餌袋が売っている。鯉が泳いでいるとのこと。鯉ねぇ。ちょっと気合が入らないが、せっかくなので餌を購入。まず、手を叩いて鯉を集める。パン、パン、パン。ところが、鯉たちは全く寄ってこない。そんな私の様子を見て、おばあちゃんがそれじゃ駄目だと餌の撒き方を教えてくれる。ぱぁーっと遠くまで投げるんだよ、と身振りつきだ。おい、おい、いつもそんな餌のやり方してるのか。だから、鯉の奴ら、こっちに寄ってこないんだろう。だが、寄って来ないものは仕方がない。あきらめておばあちゃんの言う通り、遠くへ向って餌を投げた。魚影が動き餌を食べているのがわかる。でも、これじゃ、全然面白くないよ。もう一袋買わないかと勧めるおばあちゃんを無視して帰途に着く。

【鵝泉<12>】

 

【鵝泉<13>】

 

【鵝泉<14>】

 

 3:40、「鵝泉」の出口に到着。さて、これからが問題だ。いかにも辺鄙そうなところだから、タクシーなどやってきそうもない。来た時に乗ったバスが再びやってくるのを待つしかないだろう。田んぼの間を抜けているあぜ道で、農家の人が牛に草を食わせているのをぼーっと眺めながら10数分を過ごす。しびれを切らしたZが、「鵝泉」のチケット売り場にいるスタッフに、バスはいつになったら来るのかと尋ねたにいった。肩を落として戻ってきたZは、「2台のバスで、靖西と向こうの村を行ったり来たりしているらしいわ。だから、まず、バスが一台ここを通って向こうに辿り着かないと、戻りのバスはやって来ないそうよ」と説明する。なるほど・・・。いつになったら来るのかなぁと心配していたら、さっそくバスが靖西の方角からやってきた。私たちのいる「鵝泉」では、誰も下車せず、そのまま通り過ぎていく。これが向こうの村に着けば良いのだなと希望を込めて見つめていると、バスは坂道を登っていき、もうすぐ視界から消えようとする所で、なぜかストップ。客でもとっているのだろうと、見ていたが一向に動き出す様子がない。エンストでもしたのだろうか?待つこと10分、バスはようやく動き出し視界から消えた。

 4:15、やっと戻って来たバスに乗車。わずか30分ぐらいのことなのにずいぶんと長く感じた。時の流れを感じさせない農村風景のせいだろうか。

【鵝泉の前の道<バス待ち>】

 

 4:35、靖西着。途中で下車して待ち歩きを少し楽しむことにした。

【靖西の街中<2>】

 

 だが、田舎町だけあって見事なぐらい何もない。どれも古ぼけた商店ばかりだ。仕方がないので、市場をぶらぶらすることにした。

【靖西の街中<3>】

 

【靖西の街中<4>】

 

 広い市場で、大きくは食用となる動物たちを売っている場所と野菜を売っている場所に分かれていた。靖西はこの辺り一帯の中心地だけあって、おめかしをしたのであろう農村の人たちが市場を歩き回っている。きっと数ヶ月に一度の買出しなのだろう。だが、屋台はどの地方にもある揚げ物屋がある限りで私の興味をひくようなものはなかった。

【靖西の街中<5>】

 

【靖西の街中<6>】

 

 5:00、ホテル到着。今日も強行軍だった。旅も終盤に差し掛かり、体調維持が何よりも大切になってくる。しばし、休憩。シャワー室はボロイがお湯は熱いのがたっぷり出るので助かった。

 7:20、食事に出発。昼間は気づかなかったがホテルのすぐ横に貴州花渓の牛肉粉のお店があった。貴州にいた頃は何でこんなに不味いものが人気あるんだろうと思っていたが、こんなところまで進出しているとは・・・。やはり中国人には美味しく感じられるということだろう。そう言えば、深センにもあったな。

 外はすでに真っ暗。本当に辺鄙なところにやってきたなぁと実感。だが、商店からわずかに漏れる明かりを頼りに進むうちに、一箇所だけ、ネオンがぴかぴかと派手に輝いている場所があるのが見えた。近づいてみると、カラオケ屋。カラオケ屋というと中国ではキャバクラのようなもの。その周辺だけが気味悪いぐらい明るい。そして、その明かりに寄り添うようにして、昼間はなかった屋台がずらっと並んでいる。と言って、特別珍しい屋台ではなく、いわゆる串焼きのお店。それが5軒ほど連なっている。私は気が進まなかったが、Zが食べよう食べようというので、座るだけ座ることにした。Zはニコニコしながら串を数本平らげた。気が付くと、別の屋台にもぽつぽつ客が入り始めている。夜になると、明かりがほとんどなくなるような町だから、こんな小さな屋台村でも結構人気があるのかもしれない。

【靖西の夜<1>】

 

【靖西の夜<2>】

 

 Zの独断で、ひときわ大きいレストランに入って夕食。私としては、もう少し別の店も見てみたかったが、串焼きを食べていっそう食欲旺盛となったZはそれを許してくれなかった。まぁ、客も相当入っているし、問題はないだろう。

【夕食-靖西-<1>】

 

 料理は非常に素晴らしく、とても美味しかった。梅子蒸念魚」は深センよく食べる川魚とは違った食感で、魚肉がぷりぷりとしていて最高!酸菜炒粉利」はZの好みで注文した。私は酸っぱい系があまり好きでないのだが、ここの「酸菜」はなかなかいけた。

【夕食-靖西-<2>】

 

 このように、料理の一つ一つはとても良かったのだが、料理が出てくるのが遅すぎた。「おいしいーね、おいしーね」と続いた後、「まだ?」「いくらなんでも遅すぎる!」。それから、「うーん、うまい」。それから、「おいおい、まだかよ」という具合で二人とも興ざめ。

【夕食-靖西-<3>】

 

 しまいに支払いを済ませてから、お釣りもなかなか出てこない。ホテルへの帰り道、すっかり腹を立てて不満をぶちまけるZ。「もう二度あの店には行かないわ!」と大宣言をするのであった。

 9:20、ホテル着。さあ、明日は今回の広西省旅行のメインスポット川下りが待っている。うーん、わくわくするぞー。

2005年9月9日

  7:20、ホテル発。若干風邪気味だ。今日は強行軍になりそうで不安だが、最後の一日だ、なんとか乗り切ろう。バイタクに乗ってバス・ステーションへ(3RMB/二人)向かう。数分で到着。

 6RMB/人でチケットを購入。靖西近辺の観光地としては、通霊大峡谷と古龍山が有名で、通霊大峡谷の方が歴史が長い。地図で見ても位置的にはほとんど見分けがつかないので地元の人が切り分けて考えてくれているのか心配だ。地図上で近くても歩いたら数時間もかかるということもありえるから間違って連れて行かれたら大変だ。そこでチケット売り場のスタッフに何度も確認する。どうやら大丈夫そうだとの確信を得て売り場から離れた。

【古龍山行きのバス停】

 

 バス・ステーションの前に小さな中型バスが停まっている。バスの上部に大きく古龍山と書かれているのでどうやらこれに乗っていくらしい。比較的良さそうなバスだ。運転席についていた運転手に尋ねると、確かに古龍山に行くとのことである。

【古龍山行きの中型バス】

 

  バスに乗車する前に隣の売店でミネラルウォーターを購入する。乗車して、ちびちびと水を飲んでいるうちに、通りの正面で屋台の肉まん屋がやっているのに気づいた。そう言えば、朝食を食べていない。腹ごしらえをしておいた方がいいのではないだろうか。Zに「お腹空かない?」と尋ねると、「空いていない」との返事。それなら自分で買いに行くしかない。バスを下車して肉まん屋まで走った。
 野菜まんはあるかと店のおばちゃんに尋ねると、「ない」との返事。じゃあ、肉まんは?「ない」。なら何があるの。「アンマン」。じゃあ、二個ちょうだい。いくら?「0.5RMB」。一個0.5RMBか。さすがに田舎の物価は安いなと思いながら1RMBを払った。屋台を離れようと2,3歩進んだとき、おばちゃんから声がかかった。「お釣0.5RMBよ」。おおっ、お釣りがあったのか。2個で0.5RMBとは何という安さ。さらに嬉しいのは、ちゃんと呼び止めてお釣りを返してくれたこと。やっぱり田舎にはいい人がいるんだなぁ。

 7:40、バス出発。街の中をバスはゆっくりと進む。本当に何もない街だ。だが、たくさんのバイタクが元気よく街中を走り回っており、妙な活気を生み出している。後部に6人乗りのシートをつけたリヤカー型バイタクが大半である。これだけバイタクが走っているということは、かなり良い商売になるということなのだろうけれども、この何もなさそうな街で一体何を運ぶというのだろう。想像がつかない。
 街を出ようとしたところで、道を踏み外したらしきトラックの脇を通りがかった。トラックに満載された豚たちがブゥ、ブゥと声を上げるなか、男たちがジャッキを使って車体を持ち上げている。いかにも田舎らしい光景で、微笑ましい。ジャッキの男たちはそれどころではないだろうが。

 寒いの天気である。桂林の川下りのときに買ったウィンドーブレーカーを着込んできて、助かった。周囲はすでに田んぼでいっぱい。もう九月ということもあって、刈り込みのすんでいる田もある。

【バス下車】

 

 8:20、「古龍山」到着。バスを下車して歩き出すと、数百メートル先に「古龍山」の看板が見える。ただ、道路脇に「通霊大峡谷」の看板も大きく出ている。入場口が近いのかもしれない。間違えないように気をつけよう。

  「
古龍山」の看板のすぐ下にたどり着いてみると、真新しい建物があり、中央が休憩所や土産物売り場となっている。まだ内装が完全には終わっておらず、家具等が隅に乱雑に置かれていた。チケット売り場は建物の左横に設置されている。トイレは、建物の右へ数十メートル行ったところにある。途中、公安か治安隊の建物があり、迷彩服を来た男たちが出入りしている。山間部の観光地だから、安全のために待機しているのだろうが、維持費はやはり私たちが払う入場料から充当されるのだろうなぁ。

 準備万端、気持ちを整えて、チケット売り場の前に立つ。どんな河下りが待っているのか、どきどきものだ。チケットは全コースで138RMB/人。半コースというのもあったが、たっぷり楽しむ予定の私たちには関係がない。チケットを購入している私たちの後ろで、物売りのおばさんたちがやいのやいのとうるさい。雨合羽やらサンダルやらを両手に抱えている。これって必要なの?とチケット売り場の女性に目を向けるが、無言対応・・・。まぁ、日頃接しているるおばさんたちの手前、たとえ無用のものでも「必要ない」とは言えないだろう。
 
  雨合羽。中国の観光地では、水がジャンジャン降り注いでいる滝の裏側であっても平気で歩かせる。たいていの場合、雨合羽の販売もされているのだが、不思議なことにその時点では必要かどうかわからない場所で販売していることが多い。つまり、必要だと判明した時には、買いに戻るには馬鹿馬鹿しいほど歩いてしまっていることが大半だ。
 私から見ると、ここで売っていれば皆絶対に買うだろうに・・・というような場所ではまず売っていない。或いは中国の人たちは、逆にこれぐらいなら雨合羽なしで行けてしまうと考えてしまうことが多いから、それを避けてわざわざ判断の効かない場所で売るのかもしれない。
 というわけで、過去の多くの状況を踏まえると、買っておいて損はない。一着3RMBのところを値切って2RMBにし、私とZの二着分買った(結果としては、使用しなかった)。
 
 お次はサンダル。一足5RMBだという。見るからに中古の、プラスチック製のサンダルだ。必要なのかもしれないけれど、私たちが使い終わったサンダルを拾って、また別の客に売りつけるつもりなのは間違いない。このサンダルも何人の足を支えてきたことだろう。そもそも、水に濡れそうなのは川下りのボートに乗っている間だけだ。その間、靴はリュックに入れておけばいい。そう思ったが、私が「いらない」と言うと、「靴では入れないのよ」と警告を発してきた。チケット売り場のスタッフに確認するとそうだと頷く。「えっー、一回だけの川下りのためにサンダル買わなきゃならないのー」。私が大仰に騒ぐと、おばさんたちは「貸し出しなら一足2RMBよ」としぶしぶ口に出した。貸し出し用も販売用も同じサンダルじゃないか。まぁ、貸し出しならいいだろう・・・とOKを出す(二足分のデポジットは10RMB)。

 さあ入場だと思ったら、荷物置き場に荷物を預けてくるようにと指示される。入場料138RMBの中には人身保険しか含まれていないので、荷物に何かあっても補償されないのだそうだ。さきほどの休憩所まで戻り、Zはリュックと靴を両方とも預け、サンダルに履き替えた。私は何も預けず、靴をリュックに入れて背負いなおし、サンダルを履く。

 再びチケット売り場の前まで戻ると、スタッフが出てきて、入場門の脇にある掲示板の前まで私たちを連れて行った。さきほどの保険の概要も含めて、いろいろある規約を丁寧に説明し始める。カメラを水でやられてしまう人が多いらしく、できればカメラをもっていかないように言われたが、これは聞けない。ポケットの中にあるデジカメをしっかり握り締める。幸い、私のデジカメはオリンパスの日常防水仕様、川の中に落とさない限り大丈夫だろう。 

【古龍山<1>】

 

【古龍山<2>】

 

 説明が終わると、ようやく入場。さきほどのスタッフとは別の、ボートの船頭さんとなる人が私たちを引率していく。「川下りする場所まで、どのくらい歩くんだい?」と尋ねると、船頭のおじさんは「すぐそこだよ」と指さして示した。そうか、すぐ裏か。想像していたよりも近いな。

【古龍山<3>】

 

 しばらくすると、もう一度入場門が登場。チケット売り場でもらったチケットをちぎられる。さあ、川下りの始まりだ!!と思ったら、大間違い。歩けど歩けど川など見えてこない。石畳の道もどんどん細くなっていく。

【古龍山<4>】

 

 先が見渡せる場所に出ると、はるか下方に道が見えた。「あそこまで降りるのか?」と尋ねると、「そうだよ」と船頭が事も無げに答えた。とてもではないが、『すぐそこ』と指さす距離とは言えない。もっとも、こういう山間に住んでいる人たちにとっては、山を一つや二つ越えたぐらいの場所はみな『すぐそこ』なのかもしれない。

【古龍山<5>】

 

 「私たちが買ったのは全コースだけど、半コースというのもあったよね。あれはどんな感じなの?」。「ああ、あれはつまらないよ」。「どのくらい川を下るんだい?」。「10分ぐらい。ちょこちょこっと下って終わりだ」。「全部でどのくらいの時間かかるんだい」。「2時間ぐらいだよ。でも、つまらないからやめた方がいいよ」。全然駄目だという風に手を振って見せる。
 半コースは入場料が全コースの半分ぐらい。その代わり時間も短い。きっとスケジュールの厳しいツアー団体が利用するのだろうが、川下りが10分では、不評に違いない。或いは、入場料が半分では、船頭さんの実入りも減るだろうから人数の多い団体客でもない限り請け負いたくない仕事ということも考えられる。

【古龍山<6>】

 

【古龍山<7>】

 

【古龍山<8>】

 

【古龍山<9>】

 

 10分以上歩いているのにまだ着かない。なんだか船頭さんとの距離がだんだん離れてきたようだ。「今、川の水は多いのかな?」と話かけてみる。「いや、少ないよ」。えっ、少ない。わざわざ水が多いと思われる9月を選んできたのに・・・。「この季節は雨が多いんじゃないの?」。「雨が多いのは6月とか7月だよ。ここでは、もう一ヶ月ぐらい雨が降ってないんだよ」。えっ、え~、一ヶ月。「桂林では、降ってたよ」。「ああ、桂林はそうらしいね」。まあ、桂林と比べても仕方ない。桂林と靖西では間に日本を三分の一ぐらい縦断したぐらいの距離はありそうだからな(根拠はありません)。しかし、水が少ないのでは川下りがまともにできないのではと心配になる。

【古龍山<10】

 

【古龍山<11>】

 

 歩けど、歩けど、着かない。もう20分以上は歩いている。全然、『すぐそこ』じゃない。どんどん谷底に向かって進んでいる。だが、道は狭いながら、驚くほど綺麗な石畳が敷かれている。山中によくこんな立派な道を作ったなという感じだ。Zもさすがに「遠いわねぇ」と何度も口にし始めた頃、前方に迷彩服を着た数人の男たちが出現。道脇の草の上に転がるようにして休んでいたが、私たちの姿が目に入ると、おっ、仕事だ、という顔をして立ち上がり、前方に向かって歩き出した。瞬く間に距離が離れ、姿が見えなくなる。

【古龍山<12>】

 

【古龍山<13>】

 

 8:55、30分以上も下った後、ようやく出発点らしき小屋が見えてきた。

【古龍山<14>】

 

【古龍山<15>】

 

 小屋の中にはたくさんのプラスチック製カラーベンチが設置されている。繁忙期には待合室として利用されるのだろう。今は私たちだけが客だからここはスルー。

【古龍山<16>】

 

 小屋の先にある小さな橋を渡ると、ようやく川下りの出発点に到着した。小屋の辺りで別れた船頭さんに指示された通り、川岸で待つ。しばらくすると、大きなゴムボートを頭に乗せた船頭さんがこちらに向かってやってきた。同時に先ほど前方を歩いて去っていった迷彩服の男たちが別の小道から姿を現し、手に持っていた安全服を私たちに寄越す。

【古龍山<17>】

 

 船頭さんは、ボートを川面に投げ出すと、私たちに安全服を着るように指示した。私たちは迷彩服の男たちの手助けを借りて安全服を着込む。その間、船頭さんは川岸の石段の上に座って、タバコで一服。これから私たちとボートで下るから、しばらくはタバコを吸えない。たっぷり肺の中に溜めておこうということだろう。

【古龍山<18>】

 

【古龍山<19>】

 

 9:15、出発。船頭さんがボート前部、私たちが後部に座る。ボートの尾部を迷彩服の男たちが押してくれ、川の流れの中に向かって乗り出す。同時に船頭さんがオールを漕ぎ、方向をコントロールしていく。

【古龍山<20>】

 

 船頭さんは少ないといったが、ボートが流れるには十分な水量だ。ボートはぐんぐん進んでいく。小柄なZはボートを横に走っている座席代わりのクッションに座れるが、やや体重のある私はとても無理。仰向けにひっくりかえって写真をとりつづける。

【古龍山<21>】

 

 さすがに山中の川の水は綺麗だ。底まで透き通って見える。涼しい風を浴びてZはご機嫌だ。

【古龍山<22>】

 

   「いいわねぇ。毎日こんなところで仕事が出来て」とZが船頭さんに話し掛けた。心から羨ましがっている様子だ。やや斜め後方からしか見えないのでどんな表情をしたのかわからないが、船頭さんの頬が一瞬動くのがわかった。いくら毎日ボート漕ぎができるからと言っても、給料はとても安いに違いない。山中の人がおおらかだと言っても、そんな風に言われては皮肉にしかとれないのではないかと私は一瞬ドキッとした。船頭さんは、何事か考えているようである。その間、Zは「本当にいいわねぇ」と羨望の声を上げ続けた。(ちょっと、それぐらいにしといたら)と目で合図したいところであるが、私はあお向けだし、Zは風景に見入ったままだ。そもそも、目で合図するなんて回りくどいことが通じるとも思われない。やむなく黙って様子をうかがっていると、船頭さんは「そんなに良くはないよ」と柔らかい声で答えた。
 「一回川下りをすると、どのくらいもらえるの?」と私が口を挟む。船頭さんが「15RMBだよ」と答えると、Zの顔が強張る。私たちが支払ったのが一人138RMBだから、合計276RMB。船頭さんの取り分がそれほどまでに少ないとは考えていなかったのだろう。
 「大変だろ。船頭さんも。そんなにうまい話はないんだぞ!」
 「でも、一日何回もやればたくさんになるじゃない」。まだ粘るZ。
 「一回3~4時間だから、午前に一回、午後に一回できればいいほうだろ。それで30RMBだ。しかも、いつも自分に仕事が回ってくるとは限らないわけだから、実際にはもっと大変だよ。ねっ、船頭さん」
 「そうだねえ」。
 船頭さんの同意に黙り込むZ。「・・・でも、空気も水も綺麗だし、それだけでもいいじゃないの」。
 「東門もいけないし、服も買えないぞ~」。
 「・・・○○(私の名前)、私にイジワルしているでしょ」。
 わっはっはは。バレタか。 

【古龍山<23>】

 

  だんだん流れが速くなってきて、ボートが揺れるたびに水が中へと入ってくる。Zが「手で水をかき出して!!」と大騒ぎ。大丈夫かな?このボート。

 9:40、一つ目の洞窟に突入!

【古龍山<24>】

 

 洞窟の中は真っ暗。船頭さんは壊れかかった懐中電灯を頼りにゆっくりとオールを漕いでボートの行き先をコントロールしている。洞窟内のあちこちに鍾乳石がぶら下がっているので、頭を出したままでは危ない。ボートの底にひっくり返ったままでいれば問題ないが、それではこんな危険な場所を川下りしている意味がない。危ないとは思いながらも頭を上げて、懐中電灯の光の先を目で追っていく。

【古龍山<25>】

 

【古龍山<26>】

 

【古龍山<27>】

 

 スリル満点。貴州でも洞窟の中を川で巡ったことがあるが、もっと大きい洞窟で、例のごとくネオンが輝いていたので、冒険心は満たされなかった。ここでは頭を上げれきれば、確実にぶつかってしまう高さ。初めての経験だ。ゴンッ、痛たたっ、本当にぶつけちゃったよ。やっぱりひっくり返った態勢の方が安全そうだ。Zがクスクス笑っている。

【古龍山<28>】

 

【古龍山<29>】

 

 9:45、洞窟脱出。5分ぐらいだったが、ずいぶん長いこと中にいたような気がする。外へ出ると、やけに蝉の鳴き声が耳に響く。洞窟の無音空間から急に外へ出たためだろうか。

【古龍山<30>】

 

【古龍山<31>】

 

【古龍山<32>】

 

 Zが、いいことを思いついたという表情をし、サンダルを脱ぎ始めた。サンダルをボートの底に置くと、両足を水面につけてバシャバシャさせる。「おいおい、気をつけろよ。川に何があるかわからないんだから」。「大丈夫よ~。○○(私の名前)もやったら?すごーく気持ちがいいわよ」。

【古龍山<33>】

 

【古龍山<34>】

 

【古龍山<35>】

 

 10:00、二つ目の洞窟突入。洞窟のオンパレードだ。全部で三つあるとのこと。

【古龍山<36>】

 

【古龍山<37>】

 

【古龍山<38>】

 

 またしても低い天井。船頭さんは水が少ないと言っていたけれど、これ以上水が多かったら、本当に天井スレスレでボートの底に潜るようにしていなければ、通り抜けられそうもない。

【古龍山<39>】

 

【古龍山<40>】

 

 この洞窟は入り口は狭かったが中は意外に広い。ゴンッ、痛たたっ、また頭ぶつけちゃったよ。なんでZはぶつからないんだ?野生の眼かよ。もしや、船頭の奴、自分とZがぶつからないような方角に向かってだけボートを漕いでいるでは・・・。

【古龍山<41>】

 

【古龍山<42>】

 

【古龍山<43>】

 

【古龍山<44>】

 

 10:10、洞窟脱出。ここからしばらくは徒歩だそうだ。船頭さんはしばらくタバコ休憩をしてから来るとのこと。ボートはどうするんだ?と尋ねると、「俺が運ぶんだよ」とボートを担ぐ格好をしてみせた。

【古龍山<45>】

 

 川沿いを歩いていく。細いながらも舗装された道なので、サンダルで十分に歩くことができる。ここは昆虫が豊富にいる地域なようで、様々な種類の蝶が飛び交っている。捕まえて帰れば、昆虫屋が開けそうだ。そう言えば、荷物を預ける場所で売っていたお土産は昆虫を琥珀に閉じ込めてペンダントにしたものだった。けっこう昆虫の密輸業者がやってきていそうだ。

【古龍山<46>】

 

 後ろを振り返ると、洞窟の出口で船頭さんがすでに一服を始めているのが見える。この調子だと、船頭さんが出発するまでにずいぶん先へ進めそうだ。でも、最後には追い抜かれてしまうのだろうなぁ。

【古龍山<47>】

 

【古龍山<48>】

 

 船頭さんは水が少ないと言っていたけれども、川を流れる水量は相当なものだ。多い時とは、どのくらいになるのだろうか。今歩いている、この道が沈んでしまうということもあるのだろうか。

【古龍山<49>】

 

【古龍山<50>】

 

【古龍山<51>】

 

 さらに先に進むと、舗装された道は、渓谷の岩肌に沿って鉄で作られた空中遊歩道にかわった。狭すぎて、道が作れなかったのだろう。こんな谷底に、舗装された道を作るだけでもすごいのに、空中遊歩道まで設置してしまうとは驚きである。ガタガタ鳴る木の板をおっかなびっくり踏みしめながら先へ進んだ。

【古龍山<52>】

 

【古龍山<53>】

 

 岩と岩の間を白い飛沫を上げながら水が走る。日本だったら、こんな山奥に入るのは相当な苦労を伴うに違いない。それが中国ではバスと徒歩30分ぐらいで楽しむことができるのである。大陸の旅のスケールメリットというものである。もっとも、バスに乗っている時間がやたら長いが・・・。

【古龍山<54>】

 

【古龍山<55>】

 

 長い空中遊歩道を抜けたところで、振り返ってみる。すごい。一体どうやって作ったのだろう。こんなところまで大規模な機械設備を持ち込むことはないだろうから、溶接設備以外は梯子と人手でなんとかしたに違いない。・・・と、ここで船頭さんが登場。ボートをかついで瞬く間に私たちの横を走り抜けていく。うーん、船頭さんもすごい。

【古龍山<56>】

 

【古龍山<57>】

 

【古龍山<58>】

 

 三つ目の洞窟の前に高い崖の上から落ちてくる滝がある。水しぶきが多く、カメラのレンズに当たるため、なかなか写真がとれない。

【古龍山<59>】

 

【古龍山<60>】

 

 

【古龍山<61>】

 

 10:30、洞窟到着。船頭さんはすでに洞窟の入り口にボートを据えて、一服しながら手製の釣り竿で釣りを楽しんでいる。左手にタバコ、右手に釣り竿、うまく魚がかかれば、今夜の酒のつまみというところだろうか。

【古龍山<62>】

 

 私たちの姿を見ると、竿を脇に置いて、出発の準備にとりかかる。ここでアクシデント発生懐中電灯がつかないのだ。よくみると、もともとコードが筒の外に飛び出た、半分壊れかけた懐中電灯である。船頭さんは、「ちょっと待っててくれ」と私たちに合図をすると、慣れた様子で線をいじり始めた。
 数分いじって直ったところで、懐中電灯をZに手渡す。オールを漕ぐので手が離せないから、後ろから照らしてくれと頼んでいる。最後にコードの部分は触らないでくれと注意をした。
 
  さあ、出発だ。・・・が、またもや懐中電灯がつかなくなっている。いじるなと言われたものの、コードの乱れが気になったらしく、Zは触れずにいられなかったようだ。船頭さんは仕方ないなぁという様子で、再びコードと格闘。数分後、「絶対いじっちゃ駄目だよ」と言いながら、再びZに懐中電灯を渡した。いじるなと言われていじるZもZだが、新しい懐中電灯買ってもらえよ、船頭のおじさん。

【古龍山<63>】

 

 最後の洞窟を流れる水は、先の二つよりも、急流だ。闇も一層深さを増している。ところどころ、マーキング用のかすかな明かりがあるのみ。Zが後方からかざす懐中電灯の光をたよりに船頭さんは慎重にオールを漕いでいく。

【古龍山<64>】

 

 流れが急だから、今度は頭をぶつけたりはできない。体勢を低くして、周囲の光景を楽しむ。と言っても、真っ暗だから、Zがかざす懐中電灯の光の周辺しか見ることはできないが・・・。

【古龍山<65>】

 

【古龍山<66>】

 

 この洞窟にはあちこちから水が流れ込むらしく、ドボドボボボという音が絶えない。明かりが見えたので、「出口か?」と船頭さんに尋ねると、「違う」という答えが返ってきた。どうやら洞窟がわずかに途切れ、外とつながっている場所から光がもれ入っていただけのようだ。・・・と、前方の水面が急に、下方に向かっているのに気づいた。ザッー、ドボン。振り返ってみると、コンクリートで固めた滑り台があり、そこを水が流れ落ちている。こんなところまで加工してしまうとは・・・。神が創り給った天然美とも言える鍾乳洞に、「滑り台」・・・。ちょっとやりすぎ。でも、面白かった。

【古龍山<67>】

 

 さきほどから、何かが飛び交っているぞ?と思って船頭さんに聞いたら、コウモリとのこと。じっくりみると、あちこちにぶる下がっている。ここで大声を出したら、皆暴れるのだろうか。

【古龍山<68>】

 

【古龍山<69>】

 

 10:45、洞窟の出口到着。同時に川下りも終了だ。

【古龍山<70>】

 

 三つもの洞窟を通り抜け、たっぷり楽しんだので、私もZも十分満足。ボートから川岸に上がり、出口に向かう。

【古龍山<71>】

 

【古龍山<72>】

 

 外に出ると、休憩所のような場所があり、生姜茶(1RMB)ととうもろこし(1.5RMB)が売っていた。私は生姜茶ととうもろこしを頼み、Zがとうもろこしだけ。ボートを片付け終わった船頭さんが先に一台のライトバンに乗り込んだ。「お前たちは乗っていかないのか?」とせかす。もう仕事は終わった、乗らないならおいて行くぞという様子だ。生姜茶ととうもろこしを両手に慌てて乗車する。

【古龍山<73>】

 

 これ、ただ?と聞くと、船頭さんは運転手と顔を見合わせてから、「俺が10RMB払ってあるから、もう10RMB払ってくれ」と告げた。入り口まで戻るのになんでお金がいるんだ?と思ったが、十分楽しませてくれたからいいだろう。文句をいうのはやめにした。

 11:10、「古龍山」の入り口にあった荷物預かりの場所に到着。預けてあったZのリュックと靴を返却してもらった後、外へ出て物売りのおばさんたちにサンダルを返却する。再び建物の中に戻って、Zが昆虫入りの琥珀ペンダントを2個26RMBで購入。
 今回、最大の目的であった「古龍山」の川下りを成し遂げたので、このまま帰ってもいい感じであったが、まだ午前中である。せっかくなので、近くにあると思われる「通霊大峡谷」にも行くことにした。

 11:20、タクシーと交渉。さきほど古龍山の出口から乗ってきたタクシーと同じだ。どちらにしろ、どこかへ行くだろうと踏んで、待っていたようだ。いくら値切っても20RMBから下がらない。しかし、他に一台も車がないのでは交渉のしようがない。20RMBで話を決めた。

 11:25、「通霊大峡谷」着。5分でついちゃったよ。遠い、遠いと言っていたのに、ひどい運転手だ。文句を言うと、「そんなに近くないだろ」とニヤニヤしている。

  「通霊大峡谷」の入場料は46RMB/人。チケット売り場のスタッフに尋ねると、全行程で2時間だという。「古龍山」ではほとんど歩かなかったので、まだまだ元気だ。大丈夫だろう。

【通霊大峡谷<1>】

 

【通霊大峡谷<2>】

 

 入場門を抜けて、石段を降りていく。全く分かれ道がない。ということは、行った同じ道を帰ってくるという私の嫌いなパターン。同じ距離を登って戻ってこなければならないとわかっていながら、下り続けなければならない苦しさ。だが、うだうだ言っていても、下りるしか道はないのだ。

【通霊大峡谷<3>】

 

【通霊大峡谷<4>】

 

 11:45、通霊宝洞到着。崖の中を通り抜けて階段が走っている。

【通霊大峡谷<5>】

 

【通霊大峡谷<6>】

 

 真っ暗なので危険だ。石段が湿っていて、滑りやすい。最新の注意を払って・・・、ゴンッ、痛たた、今日は頭をぶつけてばかりだ。

【通霊大峡谷<7>】

 

 なかほどで振り返ってみると、岩の裂け目から光が漏れ入ってくるのが見える。 

【通霊大峡谷<8>】

 

 階段を下りきると、そこはまさに「大峡谷」である。両側の切り立った崖に挟まった谷に熱帯系の樹木が溢れている。さきほどの「古龍山」も正式には「古龍山峡谷」というらしいが、「通霊大峡谷」には「大」の文字がついているだけあって、その景観は「古龍山」を圧倒している。

【通霊大峡谷<9>】

 

 「通霊大峡谷」も整備された歩道がついているので、非常に歩きやすい。もうちょっとラフな感じで作ったほうが、「峡谷」の雰囲気が出ていいと思わないでもない。ただ、中国人の観光客は人数が半端ではないし、統制がとれていないことがほとんどだから、これぐらいやっておかないと事故が続出するのかもしれない。

【通霊大峡谷<10>】

 

【通霊大峡谷<11>】

 

 熱帯系の樹木、多種多様な昆虫類、亜熱帯のジャングルを歩いているような気分にすらさせられる光景である。北京、上海、深セン、広州のような大都市、内モンゴルのような大草原、張家界の奇観、そして、この大峡谷。こんなにも多様性に溢れた地域をただ一国の中に擁している中国の大きさに畏敬を感じざるえない。私の知る中国はそれでもまだ全体のほんの一部なのである。あと何年かかったら、中国の全体像がみえるほどの旅ができるのだろうか。

【通霊大峡谷<12>】

 

 12:20、滝の下に到着。そのすぐ脇に洞窟があり、奥まで入れる。洞窟のそばでは十数人の人夫さんたちが工事に励んでおり、半分水に足をつかりながら工事を進めている。どうやら、今はまだ奥へ行ったら同じ道を戻ってくるだけのところを、洞窟の行き止まりまで行ったら、ぐるりと回って反対側から出てこれるようにするつもりのようだ。一人だけまだ幼そうな顔をした少年が、私たちの通る道の横で飯盒を使って食事の準備をしている。そう言えば、もうお昼だ。なんだか、お腹が減ってきたな。

【通霊大峡谷<13>】

 

【通霊大峡谷<14>】

 

【通霊大峡谷<15>】

 

【通霊大峡谷<16>】

 

【通霊大峡谷<17>】

 

 一番奥まで行くと、洞窟の真中に小さな滝があり、ネオンライトで照らされている。悪趣味な色合いだが、文句を言っても仕方がない。

 洞窟を出てくると、人夫さんたちは皆食事を始めていた。ステンレスの丼にご飯を山のように盛り、おかずをぶっかけて食べている。実にうまそうだ。やはり汗をかいて働く仕事は食事がうまいのだろうなぁ。「古龍山」の空中散歩道も、この人たちが作ったのだろうか。ほとんど設備らしい設備もないのにあんなに立派な道が作れるなんて、ほんとうに驚きだ。

【通霊大峡谷<18】

 

【通霊大峡谷<19>】

 

 行きは楽だけれど、帰りは大変だ。腰を手でおさえてヒイヒイ言いながら、登っていくZと私。Zの体力は私といい勝負なので助かる。数十メートル登ってはベンチで休み、数十メートル登ってはベンチで休む、情けない二人であった。

【通霊大峡谷<20>】

 

 1:15、やっとのことで出口までたどり着いた。入り口で売っていたトウモロコシ(1RMB/本)を買って、お腹に詰め込む。

  トウモロコシを食べ終わると、バイタクと交渉。一人5RMBで2台のバイタクを走らせ、「古龍山」の入り口まで戻る。さきほどは気づかなかったが、少し離れた場所に大きなレストランがあるのが見えた。トウモロコシでは癒されきっていない空腹を満たそうと中に入っていったが、客が多すぎて誰も注文を取りにこない。あきらめて外へ出た。

  「古龍山」、「通霊大峡谷」の二つを走破し、私は大満足。旅も最終コーナーを曲がり終えて、疲労の色が濃い。ホテルに帰って一休みしたいところだが、Zが「徳天瀑布」へも行こうとうるさい。南寧のホテルに写真集が置いてあって、その中に「徳天瀑布」の写真があった。それが記憶に残っていたのに加えて、さきほどのタクシーの運ちゃんが「100RMBで行ってやる」と宣伝していたので、すっかりその気になってしまったのだ。

  「うーん、でも俺疲れたよ。Zは疲れていないのか?」と尋ねるが、「ぜーん、ぜん、疲れてない」と全身で元気をアピールされる始末。『俺は疲れたよ』の部分は、全く耳に入らなかったらしい。
 「わかった、わかった、だけど、タクシー代が往復で100RMBだったら行かないからな」。根負けして、半分同意。
 ダーッと駆け出してタクシーを捜しに行くZ。だが、タクシーが一台もいない。相当な山奥でもあるし、来るのはツアーバスばかりで、個人客が少ないからだろう。さきほどの「古龍山」のチケット売り場で、タクシーを探してくれと頼んでみる。売り場のスタッフの女性が知り合いらしいタクシーの運転手に電話をして私たちの要望を伝えるが、なかなか料金が折り合わない。結局、やってきてから再び交渉ということになった。

 5分後、やってきたタクシーはさきほど「古龍山」から「通霊大峡谷」まで利用したタクシーの運転手だ。こいつはどうも気に入らない。だが、他にタクシーがないのでは仕方がない。
 Zが料金交渉に入る。だが、競合する相手がいないとあって、運転手も強気である。片道なら80RMB。往復なら150RMBと言って譲らない。普段は一歩もひかないZも、「徳天瀑布」行きたさのあまり、音を上げ始めた。「往復150RMBじゃないと行ってくれないって~」とこちらをみる。
 宝物から手が離れる寸前のような顔をしてこちらをみるので、「わかった、わかった、とりあえず片道80RMBでOKしとけよ」と伝える。喜び勇んで乗車するZ。こんなに行く気満々では、交渉も何もあったものではない。

 1:25、出発。ぼったくり系だが話し上手な運転手は、ものすごい勢いで車を飛ばしながらも、おしゃべりをやめない。「徳天瀑布」に行けることになったZも上機嫌である。黙り込んでいるのは、グロッキー気味の私だけ。相当オンボロな車なので、体が前後左右に揺れて、大変だ。
 
 20分経っても着かない。運転手に尋ねると、1時間はかかるという。この調子でまだ走るのか・・・、参ったな。だが、これぐらい走るのなら、片道80RMBもうなづけるところかな(あくまで深センの基準で、こんなど田舎ではどうかとも思うけれど)。
 そんな時、Zが往復で150RMBにしようよとしつこく持ち出してきた。運転手と話が盛り上がったので帰りの足も決めてしまおうという腹のようだ。(お前が運転手の代弁者になってどうする?)と思ったが、確かに帰りの足も心配だ。グロッキー気味の体で帰りの足を探すのはつらいだろう。「帰りは靖西のホテルまで戻るという条件で150RMBならいいよ」と条件を出す。Zはヤッターという顔をして、すでに仲良し状態になった運転手と話をつけた。

 30分を超えた頃、道路は山の崖っぷちを走る道路に出た。落ちたら真っ逆さまになって数百メートルは転げるだろう高さであるが、ガードレールはなく、20cmほどの背のコンクリートの突起物が数メートル置きに設置されているだけ。車がガタガタと揺れる中、運転手は全くスピードを落とさない。「ここはベトナムとの境目にある国道なんだよ」とご機嫌な調子でいうのみである。スピードを落としてくれと言いたいが、こういう要求は料金の値上げにつながりやすい。ぐっと堪える。崖側である右座席に座った私は、車が大きく跳ねるたびに心臓が止まりそうであるが、山側のZは余裕があるらしく、「○○(私の名前)は怖いんでしょー」と私をからかう。

 2:30、「徳天瀑布」到着。運転手が先にお金を払えとうるさいので、半分だけ払って坂を登る。入場門はしばらく先のようだ。土産物の屋台が続く。

  5分ほど歩いたところに入場門があったので、入場料(80RMB/人)を支払って入場。

【徳天瀑布<1>】

 

 舗装された道路をてくてくと歩いていくと、左手に「徳天瀑布」が現れた。絵になる美しさという言い方があったと思うが、「徳天瀑布」はまさにこれに当たる。あちこちから流れ出した水がいくつもの小さな滝を作り出し、今度は小さな滝が集まってさらに大きな滝を構成していて、咲き乱れる花のようだ。

【徳天瀑布<2>】

 

 遠目でみてすごいと思い、近づくにつれて一層すばらしく感じる。今まで見たことのない種類の美しさの滝だ。正直、これをみるまでは、こんなに時間をかけて高いタクシー代と入場料を払って来るほどのものか大いに疑問だった。だが、こうして「徳天瀑布」を目の当たりにすると、Zの「来て良かったでしょ」という言葉にも、「うん」と自然に返事が出る。

【徳天瀑布<3>】

 

 「徳天瀑布」に流れる水はベトナムから来ているのだというが、異国への入り口というにふさわしい場所だ。

【徳天瀑布<4>】

 

 下まで降りていくと、竹でできた桟橋が川中に向けて伸びていて、一番先が観覧台になっている。この観覧台から滝を真正面から眺めることができるのだ。よし、行ってみるか?と足を運んでみたら、竹の桟橋が始まる直前に「3RMB」との立て札が・・・。うーん、妙に現実的。でも、わずか3RMBだしなぁ。悩みながら滝の方角に目をやると、たくさんの竹の筏が岸に横づけされているのが目に入った。Zも同時にそちらに気づき、「あっちの方がいいよ」と私の手をひっぱって筏の方に連れて行こうとする。しかし、筏でみるのと観覧台でみるのでは味わいが違うのじゃないか・・・などと考えたものの、Zにずるずると引っ張られ、筏に足を踏み入れてしまった。脇から少年が出てきたので、いくらだ?と尋ねると、「10RMB」という答えが返ってきた。「わかった」と返事をして、すでに船の中央まで進んでしまったZを追う。

【徳天瀑布<5>】

 

 私たちが前部の座席に腰を下ろしたのを見計らって、少年は長い竹を操って、筏を川中に向かって漕ぎ出した。他の筏を目で追ってみると、まず川の中央の一番滝全体が見渡せる位置まで行き、反対の川岸に到着。それから滝のまさに水が落ちているスレスレのところまで接近し、こちらの川岸に戻ってくるというコースになっているようだ。

【徳天瀑布<6>】

 

 私が滝を眺めていると、Zはいつの間にか靴を脱ぎ、筏の端に向かって走り出していた。「おい、おい、(刺が出てるかもしれないんだから)気をつけろよ」といい終わった頃には、足を水中に入れてパシャパシャと水を飛ばしていた。まっ、言っても聞くわけはないんだが。

 せっかくなので、私も端までいって水をすくいあげ・・・、Zに向かってぶっかける。いち早く危険を察知したZも、すでに水中に手を突っ込んでおり、一歩遅れて反撃してきた。・・・・しばらく水合戦。

【徳天瀑布<7>】

 

 客が少ないせいもあってか、少年はゆっくり筏を漕いでくれていたのだろう、我々の水合戦が終わった頃、筏はようやく川の真中に到達した。船をとめて少年も一息をつく。皆で滝の流れに見入っていると、Zが突然「ほら、あそこに人がいるわ!」と大声を出した。指先は滝の真中をさし示している。「そんなわけないだろ~」と私は即座に否定した。「ほんと、ほんとよ」とZはしつこい。そんなわけは・・・、あれっ?「おっ、本当にいるなぁ」。「そうでしょ。○○(私の名前)は疑い深いんだから~」。そんなこと言ったって、普通、思わないでしょ、あんなところに人がいるなんて。
 「観光客かなぁ」。「違うわよ。釣りやってるのよ」。「まさか、それはないだろ」。「ほんとーよ」。「ありえないよ」。「ほんとうよ。ねっ」と言って、Zは休憩中の少年に同意を求める。「そう、釣りをしているね」。ホントなのかよ。係りの人は何やってるんだよ。釣りOKなのか?景観を損ねるというか、危なくないのか。しかし、遠すぎて、私にはよく見えない。言われてみれば、釣り竿らしきものを抱えているような気もするが・・・。

【徳天瀑布<8>】

 

 休憩が終わると少年は反対岸へ向かって漕ぎ出した。Zはこの滝がよほど気に入ったようで、滝を背景に写真をとってくれとうるさい。いろいろポーズをとって、何枚も写真をとった。そうこうしているうちに、川岸へ接岸。というよりも、川岸に接岸している別の筏舟に横付けになった。川岸に接岸している筏舟はお土産屋となっており、お菓子や香水がずらりと並んでいる。少年によると、我々は、川岸へは上がってはならないそうだ。土産物屋で買い物が終わったら、もとの岸へ戻るとのこと。

 Zと一緒に土産物屋を回る。売っているのは、主にベトナムの香水やお菓子である。国境をこっそりと越えてやってきた物売りから手に入れる商品らしく、安いとのこと。Zがここで香水を購入。25RMB。(帰りの空港で同じものの値段を調べたところ、なんと100RMB以上もした。Zはもっと買っておけば良かったと後悔しきりだった。もっとも買ったものが本物だという保証はないが・・・)。

【徳天瀑布<9>】

 

 土産物屋巡りを終えると、再び筏に乗り込む。少年は竹を水中に突き刺して、川に向かって漕ぎ出した。今度は滝の水が流れ落ちるスレスレの位置まで筏を寄せていく。水しぶきがすごくて、写真がとれないほどだ。このまま滝の下まで吸い込まれていってしまうんじゃないかと、スリリングな気分を味わったのち、もとの岸へ接岸。行き15分、帰り15分の船の旅であった。これで10RMBとはずいぶんと安い。もっとも、入場料は別に払っているわけだが。

【徳天瀑布<10>】

 

 滝見物を終えて、上の道路まで戻る。「徳天瀑布」には滝以外にも観光地点があって、一番興味深いのはベトナムとの国境地点に据えられているという石牌。だが、疲労も限界に達している。Zはまだ元気な様子だが、私はもう歩きたくない。帰ろう・・・、そう考えて出口に向かって歩き始めたら、道路脇に馬がたくさんいるのが見えた。観光用のお馬さんたちである。馬の持ち主たちが、次々と声をかけてくる。聞いてみると、国境の石牌まで行って、片道10RMB、往復15RMBとのこと。
うーん、これなら体力を消耗せずに行けそうだ。

 「やはり石牌のところまで行こうよ」とZを誘う。「あー、馬があるからって」。「まあ、せっかく来たんだしさ」とさっさと馬に乗ってしまう。「Zも乗らないか?」。「私は歩いて行くわ」と元気なZ。

 馬に乗って、ポコポコ、ポコポコと進む。なかなか着かない。想像していたよりも、距離があるようだ。馬に乗っていて良かった。「大丈夫かー、Z!」と声をかけると、「大丈夫~!」と元気な声が返ってくる。今日のZは絶好調だ。

【徳天瀑布<11>】

 

 この道はさきほど観た滝の上流にある川に沿って走っているのだが、上流も滝に負けず劣らず美しい風景がある。元気だったら、馬から下りて川岸に足を伸ばしたいところだが、今日はすでに限界ぎりぎり。残念だが、あきらめる。

【徳天瀑布<12>】

 

 馬に乗ったまま石牌の前まで行くのだと思っていたら、土産物屋がずらりと並ぶ道の入り口で下ろされた。石牌は?と尋ねると、このまま真っ直ぐ歩いて行けば着くとのこと。ここからは土産物屋専用の道で、馬は入れないらしい。ずらっと並ぶ土産物屋を見て、当初は往復で使うつもりだった馬を片道利用に変更した。これだけ土産物屋があると、Zのショッピング熱が出て、いつになったら戻ってこれるかわからないからだ。10RMBだけ払って石牌のある方角へと足を向ける。
 「Zはどこまで行ったのかな?」
 前方に目をやると、Zは50メートルほど先の土産物屋の前であれこれとアクセサリーを選び始めていた。やっぱりなーと思いながら、Zのいるところまで歩いて行き、Zを土産物屋から引き剥がす。「まず石牌をみてからにしよう」というと、しぶしぶ後をついてきた。

【徳天瀑布<13>】

 

 石牌到着。周囲の商店主に、あの石牌の向こう側がベトナムなのか?と尋ねると、「そうだ」とうなずく。本当かな~?と半信半疑ながら、足の先っぽだけ、石牌の向こう出してみる。何事も起こらない。いきなり鉄砲でドッキューンということはないようだ。辺りに軍人がいる様子もないし、そんなものだろうか。そうは言っても、やはり怖い。とてもではないが、石牌の向こう側に行ってみる勇気はない。だいたい、石牌のすぐ反対側がベトナムだというのも変だ。緩衝地帯というものがあるはずである。もっとも、緩衝地帯だからといって、入っていいわけでもあるまいが・・・。そんな風にグチグチ考えていると、道路の端から子供たちが数人現れた。おっかけっこをしているようである。可愛いなぁと眺めていると、驚いたことに石牌の周りをぐるぐる回り始めた。おおっ~、私が恐ろしくて跨ぐことができなかった国境線(?)を行ったり来たり、行ったり来たり・・・。なんと勇気ある少年たちだ。そもそも、あの子供たちは中国人なのかベトナム人なのか?

 Zが好奇心で土産物屋の店主たちに質問をする。
 「このお店の人たちって、ベトナム人もいるの?」
 「いるよ」
 「ベトナムから来たの?」
 「そうだよ。中国政府は中国人がベトナムへ向かおうとすると撃ち殺してしまうが、ベトナム人が中国に入ってくるぶんにはけっこう大目にみるんだよ。不公平だと思わないか?」
 「そうねぇ」と熱心に同意するZ。

【徳天瀑布<14>】

 

 石牌見学が終わると、両脇に広がる土産物屋の間を行ったり来たりしながら戻る。気がつくとZの両手首はアクセサリーでいっぱい。このままでは大変なことになると、Zの手をひっぱって先ほど馬を下りた場所まで進む。ちょうど、観覧車が停まっていたので、お金を払って乗車。一気に出口まで連れ出してもらった。

 出口を出て、坂を下りると、運転手が心配そうに待っている。
 「なかなか来ないから、どうしたのかと思っちゃったよ」と声をかけてきた。
 「いや、Zのショッピングがなかなか終わらなくてね」。
 「いいでしょー」と両手首のアクセサリーをじゃらじゃら鳴らすZ。

 4:25、出発。全ての体力を使い果たして、グロッキー。ただ、今度はZが崖を見下ろす側の座席である。疲労しきった身ではあるが、気力を振り絞り、要所要所で「ほら、ほら、ほら、落ちるよ、落ちるよ、ほら崖の下をみろよ」と脅すのは忘れない。恐れ知らずのZも、さすがに怖いらしく、ちっとも崖下をみようとしない。もっとも脅している私の方も、心の中では相当怯えてはいたのだが・・・。

 ぐったりした私とは対象的に、待っている間、昼寝に励んだであろう運転手は元気。
 「ほらっ、こんだけ走って往復150RMBは安いだろ~。いっとくけど、靖西からじゃ、ここまでバスは出てないぞ。乗用車で来るしかないんだからな」。
 「そうだっけ、ガイドブックにはバスが書いてあったような気がするけど・・・」。
 「それは、『大新』から来た場合だよ」
 「そうだっけ?」
 そう言えば、「徳天瀑布」は「靖西」の紹介ではなく、「大新」の紹介の部分にのっていた。ああ、Zの勢いにだまされて隣の市の観光地まできちゃったよ。まぁ、満足度高かったから良かったけど・・・。道理で遠いわけだ。

 徐々に周囲が薄暗くなってくる。もう夕方だ。運転手も無口になってきた。いつの間にかウトウトとしていると、突然、Zに起された。下車らしい。
 「???」。Zの後について下りるが事態がよく飲み込めない。ここはどこ?
 「ここで降りて、別の車に乗り換えてくれだって」とZはやや戸惑い気味である。
 「ここって、どこ?」
 「わからないわ。こっちの黄色の車に乗り換えろって言うのよ。でも、それじゃあ、また、こっちの運転手にお金を払わなきゃならないでしょ」と途中から運転手に向かってつっかかる。
 「そっ、そうだよ」と渋い顔をして答える運転手。「2,30RMBぐらいだよ」。たいしたことないだろ、という顔をしている。
 うーん、やっぱりボッタクリタクシーか。もっとも、かなりの距離を飛ばしたから、損をしているわけではない。ただ、最初の約束では靖西だったはずだ。ここはどこなんだ?と辺りを見回すと、「湖潤」というプレートが目に入った。湖潤?確か、最初に靖西入りをしたときに、ここを通ったぞ。ここから靖西までは相当な距離があるはずだ。
 「ここは『湖潤』じゃないか、『靖西』まではすっごい遠いぞ」と私が言うと、Zが元気づいて、「そうよ、約束は『靖西』までだったじゃない」と運転手に詰め寄る。私たちの勢いに負けた運転手は、「わかったよ、乗れよ」とふてくされた様子で、運転席に乗り込んだ。私たちが乗車すると、乱暴に車を走らせ始める。

 「俺の車は『靖西』に入っちゃいけないんだよ」と怒りをぶちまけるかのように吼える運転手。「でも、『靖西』まで戻るって約束したでしょ!」とが反論する。「仕方がないだろ、そう決まっているんだから」と運転手は訴えるように言う。私の様子を見ながら、Zは「でも、『靖西』って言ったじゃない」と続けて反論する。いつもであれば、ここで加勢するのだが、「徳天瀑布」行きの交渉はZに任せきりだったので、Zが私の言った通りの条件で話をしたのかがよくわからない。それに、Zも勢いがない。恐らく、行きの車の中、楽しく運転手と話しをしたから、なんで運転手が豹変したのかが理解できないでいるのだろう。

 「もう、ここで下りてくれよ。すぐにバスが通るからさ」と今度は道端で私たちを下ろそうとする。「駄目だ。こんなところで降りてどうしろっていうんだよ」と一斉に文句をいう私とZ。
 さらに車を走らせていくと、今日の出発地点、「古龍山」に到着。
 もう到着だ。とにかく下りてくれという運転手の勢いに負けて、150RMBを支払って下車。

 下車してみると、辺りは真っ暗。こんなんでバスが来るのだろうか。
 Zは行きと帰りの運転手の変わりようを受け止めきれずにいるらしく、いささか元気なし。「まぁ、今回はいいよ。次からは二人で気をつけていこう」と励ます。
 考えてみれば、今回は対応方法を間違った。さっき「湖潤」で下ろされたときに、「目的地までついていないから減額、120RMBだ」と言い切って、相手の出方をみるべきだったのだ。最近、長距離でタクシーを使わなくなったから、とっさに思い浮かばなかった。だが、今言っても仕方がない。次に生かすとしよう。

 心配したほどのことはなく、ほどなくバスは来た。ほっとして、バスの座席に座り込む私たち。Zが「運転手には腹が立ったけど、『徳天瀑布』は綺麗だったわよねぇ。楽しかったわ」と笑顔をこちらに向ける。おおっ、立ち直りがはやい。「うん、うん」と同意を示してやる。

 6:00、靖西着。バイタク(1RMB)を飛ばして、南寧行きのバスが出るバス・ステーションに行き、明日の出発時刻を確認。そのまま、昨日のレストランまで歩いて行き、食事にすることにした。

 昨日の食事でウェイトレスたちに忘れられてしまったのが堪えたのだろう。店に入るなり、Zは「今日はここに座るわ!」と、支払いカウンターのすぐそばの座席に陣取った。そのせいか、今日は料理の出がはやく、楽しく食事を終えることができた。お会計もスムーズ。ここの食事は味は間違いがないので、昨日のようなトラブルさえなければ大満足である。

 7:30、ホテル到着。今日は最後のタクシーが問題だったが、その他は大成功だ。私の旅の歴史でも一日で三つとも当たりの観光地を回ったことはかつてない。
実に有意義な旅をすることができた。

 しかし、さすがに疲れた~。シャワーで汗を流すと、二人とも早々に眠りに入った。

2005年9月10日

 早朝にホテルを出て、バイタクでバス・ステーションへ。今日は南寧まで行って、すぐにエア・チケットを購入。一気に深センまでたどり着くという、相当な強行軍。果たして無事、アパートまでたどり着けるだろうか。

【帰宅への道】

 

 バス乗車。今日のバスはシートが革張りである。

【南寧行きのバス<1>】

 

 液晶のテレビが三つも付いて、飛行機なみ。

【南寧行きのバス<2>】

 

【南寧行きのバス<3>】

 

 ともあれ、さようなら、「靖西」。縁があったら、また会おう。

この旅は「南寧探検記」の9月10日部分に続きます。ご興味のある方は是非ご覧になってください。