6:40、起床。しばらくするとZが「寒い、寒い」と騒ぎ出す。お飾りについているような小型のエアコンだから、冷え込みが本格的になると、ほとんど役立たない。これだったら、民宿で、木炭やら石炭やらを燃やしていたほうが暖かかったとも思う。ただ、燃焼式の暖房の場合、中毒する恐れがあるから、夜中につけっぱなしというわけにもいかないだろう。朝は朝で、暖かくなるのに時間がかかるだろうから、部屋が暖まった頃には、出発の時間になってしまうだろうから意味がない。どこに泊まっても同じということか。
7:15、部屋を出て、フロントまで下りる。だれもいないので、再三呼びかけていると、寝ぼけ眼で若い男性スタッフが出てきた。
「カギを返すと、20RMBを返してもらえる約束になっているんだけど・・・」
そう言って、カギを渡してやると、スタッフは何かを思い出す様子をみせた後、10RMB札を2枚寄越した。ボストンバッグの荷物を渡して、「ここに預けておけば、ふもとのホテルまで届けてくれるんだよね」と念を押す。スタッフはわかっているのか、わかっていないのか、うんうんとうなずくばかり。不安だ・・・。だが、こんな重いボストンバックを持ったまま山登りはできない。なんとか頼むよ。
ホテルを出て歩き出すと、隣の建物からおじさんが出てきて、「朝食を食べていきなよ!」と声をかけてきた。トイレが心配だから、朝食は食べない。断ろうとして口を開きかけると、「食べる!」と後方からZの断固たる声が聞こえた。「食べるの。頂上に着いてからにしたら?」と説得を試みたが、「お腹空いて死んじゃうわよ」との一言で押し返された。言葉を継ぐ暇もなく、Zは食堂に足を踏み込んでいってテーブルに座る。食にかける意気込みは、私以上のZであった。
わざわざ声をかけてきた割には、何の準備もしていなかったらしく、Zが注文したタマゴ麺はなかなか出てこない。十分ほどしてようやく出てきた麺を美味しそうに食べるZ。「はやく食べろよ。もう外が明るくなってきちゃったよ」。文句を言う私に、「そんなこと言うなら、私はもっとゆっくり食べるわよ」とZは意地悪で返す。「うぅ~」。地団駄を踏まざるえない。
7:35、山登りを開始。せっかく早起きをしたのに、すっかり明るくなってしまった。入り口は、昨日行った「南岩寺」と同じである。階段を上がってすぐのところにある休憩所のところで道が分かれ、山登りとなる。勇む心と裏腹になぜか下り坂が続く。下った分、また上らなければならないのだから、いささか憂鬱だ。どこまで下るのか心配になる。それに、欄干がついていないから、朝露に濡れた石畳に足を滑らせたら一気に崖下まで落ちていきそうで恐ろしい。
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【武当山<1>】 |
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【武当山<2>】 |
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そんな私の心配をよそに、麺を食べて元気溢れるZは、30メートルぐらい先をぐんぐん歩いていく。すぐに最初のお寺が現れた。普段は開いているのだろうが、春節の早朝ということもあって、門は閉まったままである。幸い、迂回路が用意されてあったので、建物の脇をぐるりと回って先へ進んだ。
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【武当山<3>】 |
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【武当山<4>】 |
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寺を過ぎると、ようやく落下防止の欄干らしきものが現れた。これで、安心して歩ける。しかし、今日のZはペースが速い。どんどん先へゆく。
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【武当山<5>】 |
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春や夏はどうなのかわからないが、この季節の武当山は、樹木の葉が全部落ちてしまっているので、いささか寂しい。江西省の三清山や湖南省の張家界のように、魅力的な巨石が並んでいるわけでもないし、江西省の廬山や広西省の端西のように渓谷の美しさを楽しめるわけでもない。しかし、麓を覆っている雲霞の風景は最高である。昨日もそうであったが、雲霞が河の流れのように山間を移動していく様は見るものの目を飽きさせない。
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【武当山<6>】 |
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本格的な登りはなかなか始まらず、なだらかな石畳の道がのんびりと続く。簡単な朝食を食べさせる店や土産物屋がずらりと並んでいるが、半分ぐらいはまだ閉まっている。起きだしてきた店主たちが、思い出したように「朝食を食べていかないか?」、「○○はどうだ?」と声をかけてくる。
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【武当山<7>】 |
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さらに進んでいくと、反対側から屈強そうな男たちがぞろぞろと歩いてきた。驚いて道を譲ると、「籠に載っていかないか?」と口々に言う。なるほど、籠担ぎのおじさんたちか。商売開始というわけだ。しかし、少なく見積もっても20人は下らない人数だ。こんなに籠を利用する人たちがいるのかと不思議に思う。足元はまだ雪が残っているし、籠に乗っていたりしたら、いつ振り落とされるかとひやひやものだと思うが・・・。
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【武当山<8>】 |
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なだらかな道が終わり、本格的な登りに入る。もう石段の両脇も崖ではなくなり、怖くはない。だが、登りが始めってわずか十数分で、息が切れてきた。太り過ぎと運動不足のダブルパンチで体が重い。昨年旅行した湖南省と広西省では、山登りらしい山登りをしなかったから、一昨年行った「韶関」の「丹霞山」が一番ハードだったか?その時は、Zに負けていなかったつもりだったが、今日は全く追いつける気がしない。どうしたわけだろう。やっぱり、機会を見て、集中的に運動をする必要がありそうだ。
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【武当山<9>】 |
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【武当山<10>】 |
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9:20、土産物屋で、ミネラルウォーターを購入。休憩しているうちに、後から来た観光客たちにどんどん追い抜かれる。ちょっと情けない。じっくり休憩して再出発。足を石段に乗せて、さあ行くぞ!と気合を入れていると、リュックの後ろでごそごそと音がする。振り向くと、Zが自分の飲みかけのミネラルウォータを私のリュックの背中に付いている網袋にこっそり入れようとしているではないか。「駄目駄目!」。ペットボトルを取り上げて、Zのリュックの網袋に押し込む。Zは「ケチ!」と文句を言って、上り始める。危ない、危ない、ただでさえバテているのに、人の分のミネラルウォーターまで運ぶ余裕はない。危うく、してやられるところだった。待てよ、せっかくだから、私のミネラルウォーターをZに運んでもらうとしよう。こっそりZの後ろを追って、私のペットボトルをZのリュックの網袋に挿し込む。登るのに一生懸命なZは全く気づかない。シメシメ・・・。ペットボトル二つをリュックの背に挿し込んで石段を上がっていくZを、私は満足気に眺めた。
続々とやってくる観光客たちに、次々と追い抜かれながらも、とにかく登り続ける。途中いくつか祠があるが、誰も立ち寄らない。余裕しゃくしゃくのように見えても、皆登るだけで精一杯なのだろう。
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【武当山<12>】 |
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【武当山<13>】 |
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【武当山<14>】 |
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【武当山<15>】 |
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【武当山<16>】 |
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【武当山<17>】 |
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しばらく登ったところで、再び休憩。Zのリュックに忍ばせたペットボトルに気づかれないように、水の補給を我慢する。ちょっと本末転倒な感じがしないでもない。Zは出発したくてうずうずしているようだが、「もうチョット待ってくれ」と頼む。なんだか今回の山登りは、休んでもあまり体力が回復しない。
やっぱり年か?そんな心配をし始めた頃、親子3人の家族が登ってきた。小さな子供がぐずっている。どうやら、歩くのが嫌になり、おぶってと泣きついているようだ。父親は、左右の手に一つずつ巨大な醤油のタンクを下げていて、とてもではないが子供を背負える様子ではない。「俺は無理だ」と誰に言うともなく、繰り返し口にしている。母親は母親で、「もう私疲れたわよ。歩けないの?」と子供に向かって懸命に話し掛けている。しかし、あくまで泣きつづける子供を前にして、ようやく母親が折れ、子供を背に負って再び山登り開始。醤油のタンクをぶらさげた父親がそれに続いた。
あの醤油のタンクは何なんだろう。山の上の食堂にでも届けるのか。だが、親子3人連れで来る必要はないだろう。親戚の家にでも行くのだろうか。ついでに子供の体力を鍛えてるとか?想像を逞しくするが、適当な説明が思いつかない。
子供を背負いながらも、着実に登っていく母親を見て、私も重い腰を上げることにした。Zが待ってましたとばかりに、先を登っていく。完全に体力を回復しているようだ。何なんだ、この差は。次回山登りする時は、運動して体力を取り戻してからにしよう。そう決意する私だった。
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【武当山<18>】 |
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【武当山<19>】 |
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【武当山<20>】 |
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【武当山<21>】 |
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9:35、頂上がはるか高みに見える。果たして、私はあそこまで辿り着けるのだろうか。不安に襲われる。Zは休憩を繰り返す私を待ちきれず、自分だけでさっさと先に行ってしまった。時々上の方から「○○~!」と私の名前を呼んでくるが、それで私の登山スピードが上がるはずもなく、距離は開く一方である。そう言えば、私のミネラルウォーターはどうなったのだろう。まだZのリュックの背にあるのだろうか?
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【武当山<22>】 |
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と、遠い。あまりにも遠い頂上だ。それに、周囲の風景が枯れ木だけというのは、寂しいなあ。やはり、春か秋に来たほうがいい山なんだろうな。
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【武当山<23>】 |
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10:30、ようやく頂上手前の休憩所に到着。迎えに出たZが勝ち誇った顔をしてる。くっ、悔しい。悔しいので、リュックにこっそり挿し込んだミネラルウォーターのことを教えてやる。すると、「○○(私の名前)、ずるぃ~」と私を責めた。だが、余裕綽綽の表情だ。ふふっ、それぐらいのハンデは何ともないわという様子である。くくっ、今に見ていろ。そのうち、じっくり体を鍛えてだな、次の山登りの時は目にもの見せてくれるわい。
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【武当山<24>】 |
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休憩所では、飲み物やカップヌードルが販売されていて、カップヌードルが特に大人気である。お湯付で一個5RMB。スーパーで販売している価格と比べると若干高いが、山頂であることを考えるとリーズナブルな値段である(空港では同じものが15RMBだった)。それでも、懸命に価格交渉をしようとしている客もいた。さすが、中国人、ハングリーだ。
店の前に広げられたテーブルの上に大型のカップヌードルが山積みになっていたが、瞬く間に売り切れてしまう。店員の手によって、店の中から新しいダンボール箱が運び出され、開封。テーブルの上は再びカップヌードルの山。これの繰り返しだ。
中国人が、日本人よりもカップヌードルをよく食べるとは言えない。しかし、日本では、カップヌードルはジャンクフードの一つで、カロリーは高いが栄養価の乏しい食べ物ととらえられているのに対して、中国では普通の乾麺等と同様に扱われているような気がする。だから、老若男女を問わず、皆が平気でカップヌードルを食べるし、幼い子供にも食べさせるのではないだろうか。もっとも、中国人に聞いてみたわけではないので、本当のことはわからない。
せっかく上った山頂でカップヌードなど食べたくないが、それしか売ってないので、私もカップヌードルを購入。熱々のお湯を入れて、遅い朝食をとることにした。Zは、まだお腹いっぱいなのでいらないという。でも、ゆで卵を二つ買ってぱくついている。カロリーはあまり変わらないのじゃないか。
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【武当山<25>】 |
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【武当山<26>】 |
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【武当山<27>】 |
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カップヌードルを食べて体が温まったので、頂上にある「金殿」へ上ることにした。狭い階段を大勢で登っていくので、込み合って大変だ。安全のために、両脇に太い鉄のチェーンが張ってあるのが救いだ。
最初の階段を登ってすぐのところに、踊り場があり、石碑と仏壇がおいてある。亡くなった偉いお坊さんを祭るためのものだろうか。
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【武当山<28>】 |
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【武当山<29>】 |
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押し合いへし合いしながら、どんどん上へあがっていく。すぐに着くかと思ったが、意外に距離がある。
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【武当山<30>】 |
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【武当山<31>】 |
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【武当山<32>】 |
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【武当山<33>】 |
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11:「金殿」到着。入り口の辺りまでは無料だが、奥に入るには入場料が必要だ。普段は、20RMBらしいが、春節割引で、半額の10RMBだった。チケットを買って、奥へ入る。
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【武当山<34>】 |
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狭い山頂に建てられたお寺に、続々と登山客が詰め掛けるので、金殿の中は人でいっぱいである。敷地をぐるりと回るのがやっと。
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【武当山<35>】 |
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雲霞で、山の下の方はほとんど見えない。
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【武当山<36>】 |
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金殿の中にあるいくつかの建物のうちの一つが格子に覆われている。その格子の向こうの壁の枠に上手に硬貨を置くと、何か良いことがあるらしい。皆、こぞって硬貨置きに挑戦している。私も挑戦。一回失敗して、硬貨を下に落としてしまうが、二回目で成功。さて、一体どんなご利益があるのだろう。
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【武当山<37>】 |
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一通り景色を見て回ってから、裏の階段から降りていく。頂上の「金殿」はあれほど混んでいたのに、階段を下りていく人はほとんどいない。この道で良いのだろうかと不安になる。下に向かっている限りは問題ないとは思うが・・・。
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【武当山<38>】 |
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【武当山<39>】 |
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【武当山<40>】 |
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妙に寂しげな道を通ったが、心配は杞憂に終わり、無事さきほどの休憩所にたどり着くことができた。ここから、下山用のケーブルカーまでは5分とかからない。「さぁ、降りよう!」とZに声をかけると、「私、カップヌードルを食べたい」と言い出したので、小休止をするはめになった。
Zがカップヌードルを平らげるのを待って、出発。ケーブルカー乗り場までたどり着くが、すでに長い行列が出来上がっていた。長い時間待たされるのではと心配になったが、意外に早く順番が回ってきた。
武漢の磨山のと同じ二人乗り用だが、箱型の密封式ケーブルカーなので、あまり怖くない(11:30)。
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【武当山<41>】 |
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持っていた武当山の絵地図では、山の峰から峰へ移るような風に描かれていたが、実際にはひたすら下に向かって降りていくコースだった。
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【武当山<42>】 |
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地図によると、このケーブルカーの先に駐車場があるようだったから、休憩所で私たちが食べたカップヌードルは、車で駐車場まで運ばれて、それ後ケーブルカーに載せられて頂上までやってくるのだろう。だから、あんなに安く販売できるのか。つまり、昨日考えたような、「楽々ルート」が存在するのだ。ほとんど徒歩がないから、山登りとは言えないかもしれないが。
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【武当山<43>】 |
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【武当山<44>】 |
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【武当山<45>】 |
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しばらく経つと、ケーブルカーは雲霞の中に突入。
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【武当山<46>】 |
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【武当山<47>】 |
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もう白い靄以外は何も見えない。もっとも、見えても周囲は枯れ木だけだから惜しくはない。やはり山登りは、春、夏、秋の方が楽しい。冬だったら、どかっと降った雪景色が楽しめるぐらいのほうがいいだろう。もっとも、そんなに雪が降っていたら、登れないことのほうが多いかもしれない。
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【武当山<48>】 |
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【武当山<49>】 |
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【武当山<50>】 |
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12:00、ケーブルカーを下車。十数メートル歩くと、そこに駐車場があった。さっそく、客引きの声がかかる。ふもとまで、15RMB/人だという。ふもとまでの間にも、観光できる場所がたくさんあるはずだ。それらに寄ってもらうといくらになるか?もっとも、これだけ霧が深いとほとんど何も見えないにちがいない。まっすぐふもとまで下ってもらったほうがいいか?Zに尋ねると、「今日はもう満足」とのことなので、どこにも寄らず、ふもとまで下りてもらうことにした。もちろん、荷物が届いているはずのホテルまでということだ。運転手が快くOKしてくれたので、乗車。
ふもとまで15RMB/人は安いなと思っていたら、乗合だった。考えてみれば、上ってくるときも、乗合だった。しばらく待っていると、運転手がどこかで見かけた家族を連れてきた。昨晩、ホテルのレストランで隣のテーブルを囲んでいた父と母と子の三人家族である。彼らが乗車すると、車は走り出した。
「あのカップヌードル、高すぎるわよ。それに○△×、×■○・・・・」
親子連れの奥さんが、あちこちの料金のことについて夫に愚痴を言っている。5RMBのカップヌードルにケチをつけるぐらいだから、相当シビアだ。一通り文句をいい終わった後、「でもまぁ、これだけのお金で旅行できたんだから、今回の旅行は成功と言えるわね」と締めくくった。夫はただただうなづくのみである。
奥さんはまだ若い。こんなに口が達者な奥さんをもらったら、大変だろうなぁ。しかし、内向的な夫だったら、かえって相性が合うのかな?そんな風に考えながら夫婦のやりとりを聞いているうちに、ホテルの料金について話しているのに気づいた。これだけシビアな奥さんだ。もしからしたら、私たちよりも、安い料金をゲットしているかもしれない。念のために聞いてみよう。
「昨日いくらで泊まったんですか?」
「160RMBよ」
「全部で?」
「そうよ」
「カギを返すと20RMB戻ってくるんでしょ」
「なんか、そんなことを言ってたわね。あんなの払わなかったわ」
どうやら、キーのデポジット代を払わずに済ませたらしい。そうすると、私たちより20RMB安く泊まっているのだ。そう言えば、領収書の金額をみていなかった。慌てて財布から取り出して開いてみると、180RMBと書いてある。あの時、私が払ったのはキーのデポジット代を含めて200RMBだ。つまり、あの太ったおばさんが20RMB抜いたのだ。ちょっと悔しいが、領収書をきちんと確認しなかった私のミスだ。それに、領収書にケチをつけても書き換えられただけのことだろう。まぁ、このシビアな奥さんと私が同じレベルの交渉ができるわけもない。今回のことは教訓として記憶しておくとしよう。
12:50、ふもとの「老営飯店」に到着。
「いらっしゃいませ~」とフロントの女性スタッフたちが笑顔で迎えてくれた。
しかし、「上のホテルで預けた荷物をとりに来ただけなんだけど・・・」と説明をすると、途端に興味をなくしたかのように無表情になった。そして、「まだ届いていません。ちょっと待っていてください」と返事を寄越した。
やむなく、ロビーにあるソファに座って待機することになった。
「なんだ、これだったら、駐車場からホテルに荷物を取りに戻ったほうが良かったな」とZと二人で顔を見合わせる。それにしても、ここは寒い。山登りの最中は邪魔になるからと厚手の服は、預けたボストンバックに入れてきてしまった。荷物が早く到着するといいのだが。
30分経過。Zが「どういうことよ!」と怒り始める。とりあえずなだめるが、とにかく寒い。「ちょっと外をぐるりと回ってくるよ」と言って、Zをロビーに残して、ホテルの外へ出た。
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【武当山を下山後<1>】 |
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通りに沿って歩いて見るが、春節とあってろくに店が開いていない。数十メートルほど歩いても何も珍しいものがないので、露店で焼き芋を購入した。ほかほかの焼き芋を食べながらZのところに戻ると、「私も欲しい!」という。Zは私以上に選り好みが激しいから、彼女の分は買ってこなかったのだ。やむなく、もう一度露店のところまで戻って焼き芋を手に入れた。足早にロビーまで戻って、二人で焼き芋を頬張る。
焼き芋パワーでいったん体が温まったが、寒さはじわじわと染み込んでくる。とうとう一時間が経った。Zの怒りが爆発。「どういうことよ。私たち凍え死んじゃうわ。一体、荷物はくるの、来ないの!」とフロントのスタッフに詰め寄る。慌てたスタッフは老板(ボス)を電話で呼んだ。
やってきた老板(ボス)は、「もうすぐ来るから。もうすぐ来るから」と懸命にZとなだめて外へ出て行った。
ところが、その二十分待っても音沙汰なし。「もう許せない!電話して文句いってやる」とさきほど老板(ボス)が置いていった名刺を取り出して、猛然と番号を押した。
「どういうことよ。さっきすぐに来るっていったじゃない。信用を何だと思ってるのよ!」と火山が噴火したかのような勢いでまくし立てた。老板(ボス)の言い訳の声が聞こえる。Zが電話を切ったので、「どうしたんだ」と尋ねると、「すぐに戻ってくるって」といまいましそうに言う。
5分ほどして、老板(ボス)が登場。ホテルの駐車場に停めてあった車のそばに立ち、ジェスチャーで、今すぐとってくるからと全身で合図をしている。Zが、「一言いってやらなきゃ気がすまないわ!」とロビーから出て、大声で老板(ボス)に向かって、さきほど電話でまくし立てたのと同じことを怒鳴り散らした。老板(ボス)は逃げるようにして、車に乗り込み走り去った。
30分後、老板(ボス)が戻ってきた。「バス停まで送るから、すぐに車に乗ってくれ」と言う。車に乗り込んで、荷物を確認する。ちゃんとある。車が走り出し、老板(ボス)は平謝り。「ほんとーにすまなかった」と何度も繰り返す。老板(ボス)の低姿勢な態度に、あれほど怒っていたZも機嫌を直した。「まぁ、いいわよ。わかってくれれば」と鷹揚な態度だ。車中にぷんぷんと漂う酒のにおいは気にならないようだ。このおっさん、相当飲んでるよ。こんなに飛ばして大丈夫か?
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【武当山を下山後<2>】 |
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【武当山を下山後<3>】 |
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14:50、バス停着。バス停と言っても、プレート一つ置いてあるわけではない。ただ、十数人の男女がたむろっているだけである。彼らに混じってバスを待つ。ちょうどインターチェンジと武当山の出入口が交差する場所とあって、次々とバスがやってくるが、近くの「十堰」行きの車両ばかりで、「襄樊」行きは一台も来ない。
私たちが疲れきったのを見透かしたかのように、隅に停まっていたバンから運転手が下りてきた。「一人○○RMBでいいから、乗っていかないか?」という。バス代よりは高いが、まずまずの金額だ。「俺たち二人だけでいいのか?」と聞くと、「いや、それは駄目だ。8、9人ぐらいは乗ってもらわないと・・・」と語尾を濁す。
「だったら、乗らない」と断った。全く知らない土地まで数時間もバンに乗合では、とてもではないが怖すぎる。どこか山の中に連れて行かれても途中で降りるわけにもいかないし、次々と皆が降りていって支払いを全部もたされる恐れもあるからだ。
運転手は私たちの説得をあきらめて、一群の男女のところへ話しを持ち掛けに去った。運転手と家族グループの一つとの交渉が始まる。ひと家族だけでは、人数が足りないらしく、アベックも加わっての交渉だ。「高い、高すぎる!」との声がこちらまで聞こえてくる。数人が同時にしゃべって各々要求を述べ立てているので、あれで話がまとまるのかと不思議なくらいである。
みていると、一人一人の負担を下げるために、さらに別のアベックにまで声をかけ始めた。どうみても10数人にはなっている。全部乗ることができるのか。何組か声をかけているうちに、一組が話しに乗ったらしく、ようやく交渉がまとまった。
小さなバンに、折り重なるようにして、乗り込んでいく。果たして、全員乗れるか・・・。興味津々で見守っていると、突然、大きなどよめきが聞こえ、次々と下車してきた。どうやら、諦めたようだ。いや、トライしてみるだけでも偉いよ、君たち。その根性はすごい。
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【武当山を下山後<4>】 |
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運転手はそれでも諦めず、別の家族に声をかけていく。終いにもう一度私たちに声をかけてきた。Zは待ちくたびれたらしく、「○○(私の名前)、乗っていこうよ・・・」と私を説得しようとする。しかし、「駄目だ。もう4時近い。どんなに急いだところで、『襄樊』に着いた頃には真っ暗だ。ホテル選びをする余裕もないだろう。それだったら、少々遅くなっても正規のバスで行ったほうが安全だ」と拒否した。Zも納得したらしく、「残念ねぇ」とか言いながらも諦めてくれた。
16:15、ようやく、「襄樊」行きのバスがやってきた。どどっと乗客が押し寄せる。私たちも必死になって席を確保した。肝心のバス代はいくら?大勢の声がざわめいているので、チケット売りの姉ちゃんの声が聞こえない。そのうち、「40RMBみたいよ」とZが言った。私も必死でヒアリングをする。確かに40RMBのようだ。
しかし、そこで、ひと悶着が起こった。皆が席に着くまで、ずっとドアのところにへばりついていた貫禄のあるオバサンが、チケット売りの姉ちゃんに何かを話し掛けた。方言なので全くわからない。機関銃のようなやりとりが二人の間で交わされる。ときどき運転手も口をはさむ。
「何言っているんだ?」とZに聞くが、「知らない。わからない」で終わり。
最初は勢いのよかった姉ちゃんだったが、オバサンのパワーに負けたのか、降参したかのようにため息をついた。オバサンが自信たっぷりの様子でバスに乗り込み、バスは出発した。
バスはしばらく走ると、バス・ステーションらしき場所の前で停車した。オバサンが勢いよく下車していく。チケット売りの姉ちゃんが後に続く。
数分ほどで、姉ちゃんが戻ってきた。
「料金が45RMBになったわ」と告げる。
途端に騒ぎ始める乗客たち。姉ちゃんが「○×▲○■・・・・」とまくし立てる。しばらく耳を傾けていたZが、「さっきのオバサン、バス・ステーションの部長さんなんだって。お金を払わないと法律違反になるから、45RMBになったらしいわ」と教えてくれる。さらに聞くと、「それでも、正規のバス・ステーション発のバスに乗るよりも安いらしいわ。春節の特別便だから、もっと高くなるんだって」とのこと。
なるほど、・・・。まぁ、5RMBぐらいだったら、不満もない。それよりも、せっかく待ったこのバスが正規のバスでなかったことが気になるよ。だいたい、その5RMB分って、バス・ステーションの収入になるのか、あのオバサンの個人収入になるのか?是非尋ねてみたい。
私たちと違って、シビアな他の乗客たちは不満たらたらの様子だったが、他に選択肢もなく、結局運賃に同意したので、バスは無事走り始めた。
この旅は「襄樊探検記」に続きます。ご興味のある方は是非ご覧になってください。
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