とうとう2月10日だ。明日は朝一番に飛行機で発つ予定だから、今日が最後の観光日となる。しかし、このホテルの部屋は本当に寒かった。部屋を換えてから少しマシになったというものの、やはり寒く、広東省で外にいるよりも、このホテルで部屋の中にいる方が寒いと言っても良いほどであった。
二人で「寒い、寒い」と言いながら、着替えをする。とにかく、エアコンのパワーが弱すぎるのだ。エアコンの前まで行って、手をかざすとそれなりに温風が吹き込んでくるのだが、
これではドライヤーを一つ置いてあるのと変わらない。ガラス窓を通してやってくる冷気を押しとどめるには到底足りない。
カーテンを開け、外をみると新しい雪が地面を覆っている。どうやら、昨晩雪が降ったらしい。昨日のうちに山に登っておいて良かった。今日だったら、ロープウェイが動かなかったかもしれない。
昨日山登りのときに使った雪わらじを履いて、部屋の外へ出た。ロビーのカウンターでチェックアウト。一泊345RMB。見た目は悪くなかったが、恐ろしく機能性に欠けていたこのホテル。こんなホテルに345RMBも払ったと思うと、ちょっと悔しい。エアコンは効かないし、バスのお湯は電気式で使い勝手が悪かった。ただし、部屋の内装やユニットバス自体はそれなりに綺麗だったから、夏に来たのであれば満足がいったかもしれない。周辺には100RMB代のホテルがたくさんあるようだが、それらのホテルはどんな設備なのだろう。安いホテルの方がセントラルヒーティングや蒸気暖房が効いて暖かかったりしたら、大ショックだ。でも、今となっては、確かめるすべもない。
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【張家界<21>】 |
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部屋の中からではわからなかったが、雪はまだやんでいなかった。小さな雪のかけらがゆっくりと絶え間なく地面の上に舞い降りている。ホテルは最悪だったが、それでも「張家界」の美しさを損なうほどでない。山の方角を眺め、改めて、神秘的な雪景色に見入った。
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【張家界<22>】 |
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バス・ステーションはあいにく、「張家界森林公園」と同じ方向にある。そのため、歩き始めると、すぐに、ガイドのオバサンたちが押し寄せてきた。断っても、断っても「ガイドはどう?」、「ガイドいらないか」と集ってくる。もう少し節度をもって商売してくれないとせっかくの風景が台無しだろ、と怒鳴りたくなるぐらいであるが、仕方なし
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【張家界<23>】 |
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バス・ステーション到着。入口近くにあるバスが動き出そうとしてるので、何気なく目をやると、表に旅游(観光路線)バスと表示があった。昨日、「張家界」の駅で見かけたバスだ。一応、「張家界森林公園」まではちゃんと来るのだなと思ったが、再び「張家界」に来ることがあったとしても、ちょっと試す気にはなれない。駅からここまでタクシーで来れば一時間前後だったと思う。だが、この旅游(観光路線)バスを利用したら、
お土産屋や即席観光地によるなどして、2,3時間はかかるのではないかと疑わしいからだ。
市内行きのバスに乗車。乗車時には席に余裕があったが、雪道をゆっくりと走るうちに瞬く間に乗客が増え、席が足らなくなり、五分も経たないうちに立ち客が通路を埋め尽くした。
さらに十数分走ったところで、突然バスが止まった。タイヤのチェーンについた雪が硬く固まってしまい、うまくタイヤが回らないらしい。
運転手が下車して行き、ガシッ、ガシッと音をさせながら氷を落とす作業の間、バスは一旦停止だ。幸い、作業は短時間で済み、すぐに再発車した。
さらに、進んでいくと、ふもとから上ってきた乗用車やらバスやらとすれ違い始める。やがて、乗客が皆でバスを押している場面に遭遇した。
雪道を走りきれなくなったらしい。どうやら、ふもとのほうでは、それほど雪が降っておらず、そちらから来た自動車はチェーンを装着していないようだ。
地元の人たちが、道路の雪かきを懸命にしている姿も先々で見られるようになった。そして、私達のバスもとうとう停車することになった。山へ上ろうとする車の一部が上がりきれなくなり、道路をふさいでしまったのだ。一応、二車線分の雪かきがなされているので、本来ならば、下りの我々のバスは通り抜けられるはずなのだが、そうならない。
上り車線をふさがれた後続車が下り車線を利用して前へ出ようと試み、それが下る車と正面でかち合って、ストップ。それを各々の後続車が支える形になって、バックもできなくなり、身動きならなくなってしまったのだ。なんとも馬鹿げた話だか、乗客の私達はなすすべがない。
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【張家界<24>】 |
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【張家界<25>】 |
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【張家界<26>】 |
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【張家界<27>】 |
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運転手は、前方の話し合いに参加するために、去ってしまい戻ってこない。そこで、乗客たちは次々に下車し、一部の客は雪合戦を始めた。こうなったら、イライラしても仕方がない。私もZと雪合戦!トラブルも二人いれば、けっこう楽しいものだ。
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【張家界<28>】 |
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9:50、交通整理が終わり、ようやく出発。
だが、十分ほど走ったところで再び停止。運転手が下車した。またか!とがっかりしていたら、すぐに戻ってきた。座席に座った運転手は、「手が冷たい」と誰にともなく文句を言っている。
どうやら、素手でチェーンを外していたらしい。なるほど雪のない市内に入るためにチェーンを外したのか。これなら、午前中に市内に入れそうだ。
対向車はほとんど「張家界公園行き」の札を出している。すでに十数台以上はすれ違っている。皆、上の混雑状況を知らないのだろう。果たして、今日中にたどり着けるかな?
意外なのは、ツアーバスのほとんどが、韓国人の旅行団体だということ。「張家界」が有名なのはわかるが、なぜこんなに韓国人ばかりがくるのだろう。直行便でもでているのだろうか。
前方で事故があったらしく、パトカーと乗用車が停車している。そこをすり抜けるようにして、私たちのバスは無事通過。すでに10:20。いつになったら市内につくのか。
中途で、少しずつ客をとっているうちに、立ち席の客も限界数に到達し始めた。とうとう運転手が「これ以上乗るとブレーキが効かなくなる」と言って、新たな客を乗せなくなった。私もボストンバックを下において置けなくなり、両膝の上に抱きかかえた。
11:00、市内に到着。バス・ステーションはまだ先だろうと考えていたら、道路脇で全員下車させられた。
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【張家界市内<1>】 |
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11:45、タクシーに乗って、ホテル探しに出発。まずはガイドブックで目をつけていたホテルへ。ところが、このホテルはボロボロになっていて、駄目。運転手によると、「祥龍国際酒店」(四ツ星)がよいというのだが、さらに話を聞いてみると、政府の高官も利用するとのこと。ホテルの目の前まで来てみたが、やたらに高そうだ。そこで、三ツ星のホテルを紹介してもらった。
外観は古いが、料金が240RMBとお手頃である。部屋を下見させてもらうと、内装はリフォームされていて、そこそこ綺麗だ。だが、浴室に浴槽がな
く、シャワーのみだった。これでは、最後の一日に泊まるホテルとしては、寂しい。それに、ホテルで浴槽につかるのは、Zの最大の楽しみ。これを奪っては、きっと不満たらたらに違いない。そう考えて、ここも
やめることにした。
結局、「祥龍国際酒店」まで戻り、一泊することにした。料金は480RMBと馬鹿高いが、さすがに部屋も浴槽も綺麗だ。荷物を運んでくれたポーターに聞いてみると、今は春節なので高いが、普段は300RMBぐらいで泊まれるのだそうだ。やはり、春節の旅行は高くつく
。
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【張家界市内<2>】 |
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ホテルを出て食事へ。今日は朝食も食べていないので、二人ともお腹ペコペコ状態である。ホテルの近くに、市場があったので、ここでチマキをつまむ。Zはきちんとしたレストランで食事をしたいらしく、さっさと行こうと懸命に私の手を引っ張った。
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【張家界市内<3>】 |
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「今、あんまりたくさん食べちゃったら、夕食でうまい物が食べられなくなるぞ~」と言ってみるが、Zの耳には届かない。
ずんずんと進むZの後に従った。
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【張家界市内<4>】 |
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【張家界市内<5>】 |
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市場を出て、町の中心地へ。そう言えば、この辺りはバスから下ろされた場所だ。そう思ってウロウロしていると、バス・ステーションがあった。きっと、あのバスはここへ入っていったのだろう。
「お腹が空いた~!」とZがわめく。「わかった。わかった。せっかくだから、うまい物が食べられるところを探そうよ」。なだめながら、懸命に周囲に目を走らせる。すると、十数メートル離れた道路の反対側にある建物の2Fに「××農家」と看板を掲げたお店が見えた。「あれにしよう!」とZに声をかけると、首を
振って同意を示した。わき目も振らず、そちらへ向かうZ。「ホラ、ちゃんと左右を見て渡れよ」と注意。いつもそうだが、Zは一旦自動車が来ないと判断し、道路を渡り始めるともう真っ直ぐ前しかみない。自分は不死身だと思っているのか、と問いたくなるくらいである。
道路を渡り、お店まであと五メートルというところで、ドボンと小さな音がした。
私の左足のそばである。ヤバイと即座に足を引き上げる。足音をみると、足首まで水でビチャビチャ。道路脇にある、溶けかけの雪でいっぱいになった植樹予定区画に私の左足が埋まってしまったのだ。幸い、靴の中までは水が染み込んでいない。「あ~あ」と私が声をあげると、Zが「駄目でしょう。道を歩くときは周りをみないで、足元をみないと~。じゃなくて、周りをみてもいいんだけど、足元もみないと」と忠告をしてくれる。これでは、立場が逆だ。人を注意する前に自分が気をつけなければ。
入口周辺にゴミがちらかっていたので、若干不安を覚えつつ、2Fへ上がった。だが、2Fは意外に綺麗で、お客もたくさんいる。「干鍋鶏」と野菜料理を注文。ここでは、ご飯が小さな桶に入ってでてきた。お味は・・・、うん、うまい。岳陽で食べた「干鍋鶏」に引けをとらない。こうやって、湖南料理をあちこちで食べてみると、やはり、深センの湖南料理ではとても相手にならないことがわかる。深センの湖南料理は辛いだけだが、湖南での湖南料理は、長沙、岳陽、張家界、各々の場所であきらかに辛味の種類が違う。これは地域の差というよりもお店ごとの相違かもしれないが・・・。
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【張家界市内<6>】 |
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「うまい。これは、うまい。そうだろ、Z!」。「モグ・モグ・モグ」。「深センの湖南料理とは全然違うなぁ」。「モグ・モグ・モグ」。おぃ~、全然、返事が返ってこないぞー。「モグ・モグ・・・・・・・うん、本当においしーね」。ようやく満足気な声が返ってきた。そして、再び次の獲物を探して、Zの箸が皿の上へ走る。もともとパッチリ目のZであるが、その目をさらに大きくして、新たなる肉を求めて唐辛子をかき分けた。と、ここでアクシデントが発生。慌てて唐辛子をかき分けたため、唐辛子がじっくり溶け込んだスープが数滴とびはね、Zの大きな目に飛び込んだのだ。
途端に、「痛い、痛い、痛っ~い」と大騒ぎ。もう食事どころではない。「ウェット・ティッシュちょうだーい」と頼まれるが、このお店にはウェット・ティッシュなんて気のきいたものは置いていない(深センではウェット・ティッシュを出す店が少しずつ出てきた。中国では油をたっぷり使う料理が多いから、おしぼりよりも使い捨てに出来るウェット・ティッシュのほうが便利なのだろう)。ここは深センじゃないんだから・・・と口に出しそうになったが、Zは本当に苦しんでいるようだ。こうしてはいられないと、お茶を普通のテッシュにつけて、Zに渡した。Zは急いで、それを目にあてる。そそして、「いたーい。いたいよー。本当に痛いんだからね。○○(私の名前)にはわからないわよ。この痛さは!」と私に八つ当たりだ。
だが、それは大間違い。わ・た・しも味わったことがあるのだ。その地獄を。「麗江」にある地元系のラーメン屋で、くらったのだ。(ちなみに、今ホームページを見てみると、一生忘れられない、「心に残るラーメン」だと書いてある。すっかり忘れていたが・・・。さらに面白いことにYahooの検索で「心に残るラーメン」を入力すると、なんと私のページが一番トップに来ているではないか。是非、皆さんも試してみてください。もっとも、皆さんがお試しになる頃には変わっているかもしれませんが)。
追記(2009年3月):これを書いた1年後ぐらいに再び「心に残るラーメン」で検索をかけたが、もはやひっからなくなっていた。残念、残念。
そこで、「いや、わかるよ。わかる。俺もやったことがあるから、雲南省へ旅行に行ったときにやっちゃったんだよ。痛い。確かに痛い。わかる。わかるって」と慰めると、急に黙り込んだ。どうやら、グッと痛みを耐えているようだ。もう、それしか道はない。涙でラー油が押し流されるのを待つしかないのだ。
じっと痛みに耐えるZ。「干鍋鶏」のうまそーな香りが私の鼻をくすぐるが、ここで料理に手を伸ばしては、人格が疑われてしまう。やむなく、Zを見守る。数分して、Zが「うん、よくなったわ。でも、まだジンジンする」と言って顔を上げた。「そうか、そうか、良かった、良かった。ホラ、食べろよ」と料理を勧める。「いい、ちょっとお手洗いに行ってくる」と席を立つZ。なるほど、目を洗いたいのだろう。「わかった」と目で見送って、さっそく、「干鍋鶏」に箸を伸ばす。うーん、やっぱり美味しい。
トイレから戻ったZは、すっかり元気になっており、私とともに料理に「干鍋鶏」を平らげた。アクシデントはあったが、二人とも大満足。「このお店にしてよかったねー」と幸運を喜び合い、外に出た。
1:30、「玉皇洞石窟」へ行くことにする。まず普通のタクシーに料金を聞いたが、60RMBと高値。次にバン型タクシーと交渉し、40RMB
とやや安い値段で話がまとまった。だが、このバン型タクシーはオンボロで乗り心地が最悪だった。すぐに着くのかと思ったが意外に遠い。その上、どんどん農村地帯に入っていく。帰りのタクシーは見つかるのだろうか。このタクシーを待たせておいたほう
良いかもしれない。でも、見学にどのくらいの時間が必要かわからないし、そうなるとぼったくられる可能性が高い。やはり、待たせてはおけない。
人気が全くないわけではないから、きっとバスが通るに違いない。黙ってタクシーを去らせることにした。
2:00、「玉皇洞石窟」の百数十メートル前で、タクシーを下車することになった。泥道のため、これ以上先へ行ってくれなかったのだ。下車して、歩き出すと、泥道のあちこちに牛の糞が転がっているのに気づいた。改めて周囲を見渡すが、見えるのは田んぼばかり。果たして帰りの
バスは見つかるのだろうか。やはりタクシーを待たしておいたほうが正解だったかもしれない。少し後悔した。
やっとのことで入り口にたどり着くと、階段に座っていた男が立ち上がり、入場料を要求してきた。一人10RMBだという。立て看板にも入場料10RMBと書いてあるので、払ってやる。と、その後ろから乞食のような格好をした男が寄ってきて、衛生費を5RMB寄越せという。汚い格好でこちらに来るもので、圧倒され言われるままに払ってしまった。
こうなってくるとまるで追いはぎだ。
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【玉皇洞石窟<1>】 |
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入り口から石段を上がっていく。長い階段なので、昨日の「張家界森林公園」よりよほど疲れる。「張家界森林公園」はゴンドラであがってしまえば、あとは平坦だったから、ずっと楽だった。
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【玉皇洞石窟<2>】 |
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なんとか石段を登りきって、こんどは洞窟までの小道を進む。一応、手すりがついているので、それなりに安全だ。小さな洞窟に様々な彫り物がしてある。洞窟としては、相当にショボイ部類に入るが、日本人があまり来ないだろうという点では
価値が高いともいえる。
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【玉皇洞石窟<3>】 |
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続いて、小道を進み、次の洞窟へ向かった。ここから見えるのは、まさしく「張家界」の田園地帯。見渡す限り、田んぼが続いている。しかし、この小道、雪が解けた水で非常に歩きにくい。転んだ拍子に手すりをすり抜けて、崖から転がり落ちたりしないかと心配だ。その上、あちこちにお菓子の袋だとかタバコの吸殻が落ちている。5RMBもとるんだから、ちゃんと働けよ、
追いはぎのオジチャン。
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【玉皇洞石窟<4>】 |
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次々と現れる小さな洞窟。規模は小さいけれども、その中に手をかけて、彫り物をしたのは紛れもなく信心深い修行者かお坊さんなんだろう。もうちょっと整備すれば、立派な観光地になって訪れる人もたくさんいると思うのだが、中国ではこういった小さな美しさというのは人気がないから、どうしようもないのだろう。
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【玉皇洞石窟<5>】 |
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【玉皇洞石窟<6>】 |
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【玉皇洞石窟<7>】 |
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【玉皇洞石窟<8>】 |
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洞窟を越えてたどり着いたのは、今にも崩れそうな木造の建物だった。おっかなびっくりあがっていった部屋には、真ん中に大きな鐘がぶらさがってい
た。勝手についてもいいのかなと疑問に思ったが、考えてみれば、とめる者もいない。Zと二人で思いっきりついてやると、ゴーン、ゴーンと鈍い音が空に響き渡った。振動で建物が崩れないかと心配になったが、なんとか持ちこたえてくれたようだった。
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【玉皇洞石窟<9>】 |
一番上まであがると、ここからさらに石段が続いていた。まだ上がるのか。なんだか怖いな。でも、ここまで来たからには最後まで行かずには済まない。
石段を最後まで上がり、小道を抜けていくと、金色に塗られた像が設置されているのが見えた。ここが終点だ。小さな洞窟ばかりだったけれど、鐘もつけたし、けっこう満足
できた。あんなオンボロの木造建築物など、なかなか見れるものじゃない。ありがとうございます。像に頭を下げて、立ち去ることにした。
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【玉皇洞石窟<10>】 |
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足元に気をつけ
て、おっかなびっくり歩き、なんとか石段の下までたどり着いた。さきほどまでいた入場料取りのおじさんたちはすでにいない。そうすると、私たちが車でやってくるのを見てから、慌てて階段の下に向かったというわけか。ハングリーな人たちだ。
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【玉皇洞石窟<11>】 |
さて、問題はここからだ。どうやって帰ろうか。こんなところにタクシーがやってくることは滅多にないだろうから、バスをつかまえるしかない。といって、この「玉皇洞石窟」の前の通りは、舗装こそされているものの、バスが定期的に通る
ようには見えない。とにかくバスが通りそうな道まで出よう。来たときのことを思い返してみると、そこまでたどり着くには、30分ぐらいは歩かなければ駄目だろう。やっぱりタクシーを待たしとけば良かったかな。なんだか、山賊でも出そうだよ。ここは(2:30)。
道をひたすら歩く。閑散とした農村地帯という感じで、のんびりできそうな気もするが、何しろ、何か問題が発生して助けを求めたとしても誰もやってきそうもないような場所である。どうしても不安
が込み上げてくる。道に沿って走っている山の上にはお墓がずらっと並んでいて、不気味な雰囲気を漂わせている。昼間で良かった。おっ、川でおばさんが一人洗濯している。
わずかだが、安全度アップだ。
3:00、ようやく公道らしきところに出ることができた。ここは確かバスが走っていたはずだ。早く来てくれよと、祈るような気持ちで待っていると、
しばらくして中型バスがやってきた。大喜びで駆け寄るが、市内とは反対方向へ向かうバスであった。方向すらわからない私とZ。情けない気分になってきた。
3:15、ようやく、市内向けのマイクロバスがやってきた。しかも、けっこう綺麗だ。中韓観光バスとか書かれているから、韓国人観光客目当てのバスなのだろう。今から、市内へ客をとりに行くところらしい。ついでに、市内行きの客も拾っていこうというわけだ。なんにしろ助かった(2RMB/人)。
しかし、安い。行きに乗ってきたオンボロ・バン型タクシーに40RMBも払ったのが馬鹿らしくなるぐらいだ。シートも綺麗でクッションが効いているし、言うことなし。これで2RMBだ。しかも、このバスは高級の部類に入るらしく、何度か乗車しようとした客を断っている。
運転手の断り文句は「このバスは1RMBじゃないよ」というものだ。つまり、市内まで1RMBのバスのほうが一般的なのだ。そう言えば、
乗車して席に着いた客たちは、皆、身なりがいい。断られているのは、ボロボロの服を着た人たちばかりだ。
バスを汚されないように、客を選別するために、料金を高く設定しているのかもしれない。
市内に到着。中心まで言ってくれるのかなと思ったら、途中で降ろされた。不満気な私たちの顔をみて、チケット売りの兄ちゃんが「これからツアー客を迎えにいくところだから・・・」と言い訳する。なるほど、すでに決まった客がいるというわけだ。それでも客をとってここまで乗せてくるのだから、恐れ入る
。
ここから乗合いバン型タクシーに乗って「普光禅寺」まで行った。このお寺への入場はなんと無料。30RMBぐらい取られるんだろうと覚悟していたので、嬉し
くなった。だが、無料なだけあって、見所もない。グルリと敷地を回って外へ出た。
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【普光禅寺<1>】 |
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【普光禅寺<2>】 |
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【普光禅寺<3>】 |
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通りに沿って歩いていくと、露店がたくさんある通りにぶつかった。まだ、日が出ているので活気がないが、夜は人がたくさん集まりそうな感じだ。鉄板焼肉の露店とかもあって、食欲がそそられる。
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【張家界市内の露店通り】 |
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通りを抜けたところに、靴磨き屋がたくさん集っている。自分と客用の椅子二つで商売できるのだから、ある意味露店の代表選手だ。(もっとも、洗面器と空気入れだけで商売しているパンク修理屋のほうが、インパクト
では上回る)。
雪解けの泥道を歩いたせいで靴がすっかり汚れてしまったから、靴磨き屋にトライしてみた。「いくら?」と聞くと、「2RMB」だという。座りながら、「2RMBはちょっと高いんじゃないの」と文句をいうと、「今日は春節だから」と周りの靴磨き屋と一緒に合唱
するように答えた。その勢いに負け、言い値で受け入れてしまう。しばらくすると、Zも「あたしもやってもらおーっと」と言って隣に座った。Zはしつこく交渉して、1RMB。
中国人は気合が違う。もっとも、Zの靴は運動靴だし、やや手を抜かれていたようにも見えた。
3:50、「秀華山館」へ向かう。バン型タクシーに二人で3RMBで交渉成立(運転手の言い値は二人で4RMB)。(この乗り合いバン型タクシーは市内は普通1RMB/人)。
5分ほどで「秀華山館」到着。想像していたより、遠かった。「秀華山館」はちょっと立派な普通の住宅という感じの建物である。ガイドブックの説明から、土産物屋のようなものをイメージしていたが、どうやら違うらしい。
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【秀華山館<1>】 |
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入場料は意外と高い。立派なパンフレットを渡されるが、この狭い建物の中で何が見られるというのだろう。若干、不満気味に歩を進めようとすると、まず入口のところにある太鼓のところでストップさせられた。どうやら太鼓を叩いて見せてくれるようだ。民族衣装をきた小柄な女性が踊りをしながら、太鼓をたたき出す。けっこう激しい踊りだ。
身体をクルクル回転させながら太鼓を打ち続けるので見ごたえがあり、笑顔を絶やさず踊る姿に、こちらも楽しくなってきた。
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【秀華山館<2>】 |
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踊りは数分で終了。次はどこへ行ったらいいのかと戸惑っていると、スタッフが「こちらです」と私たちを中庭に連れ出した。スタッフの説明によると、この館は土家族の建物を模して作られている
ということだ。(「土家族」は、湖南省と湖北省にまたがって存在している少数民族。2000年の歴史があるとのこと)。
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【秀華山館<3>】 |
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中庭を越えて、対面の建物に入ったところで、再びストップがかかった。そして、数人の男女が中庭に現れ、相互に歌を歌いかけ始める。どうやら、少数民族の恋歌のようだ。これだけの催しを私たち二人だけのためにやってくれるとは。高いと思われた入場料も、妥当な線に思われてきた。もっとも、今は客が私たちしかいないから、そうしてくれているのだろうが、客が少なくても手を抜かない姿勢は好ましい。
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【秀華山館<4>】 |
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歌の合唱を見終わると、建物の2F、3Fをぐるりと見て回り、土家族の生活用品や民芸品を眺めた。民芸品は美しいものが多く、中国語がわからなくても
十分楽しめる。スタッフが付いて、一つ一つの生活用品について説明してくれるので、中国語がわかればなお良いことだろう。
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【秀華山館<5>】 |
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「秀華山館」を出ると、まっすぐホテルへ帰った(4:35)。夕食まで休憩だ。
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【祥龍国際酒店】 |
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6:10、夕食を食べるために、外へ出た。せっかくなので、市内をしばらく散歩する。中途で、美味しそうな漬物屋を発見。選んで注文すると、味付けまでしてくれるようだ。Zが注文寸前までいったが、結局思いとどまった。「なんで買わなかったの?」と尋ねると、「食べるときがないから」と答えが返ってきた。それもそうだ。
旅行中の身では仕方がない。しかし、味見だけでもしてみたかったな。
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【漬物屋】 |
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公園にあった露店で、再び「臭豆腐」に遭遇した。値段を聞いてみると、なんと「6個で1RMB」。長沙で売っていた「臭豆腐」の半分の値段である。こんな値段でもとがとれるのだろうか。材料に何を使っているのか心配になるほどだ。恐る恐るながら、1RMB分、買ってみ
た。「長沙のほど、美味しくない。水っぽいし」。一口食べて、Zが不満をもらす。「そうか?俺にはわからないけど・・・」。「味が薄すぎるわ!」。うーん、Zはすっかり長沙の「臭豆腐」マニアになってしまったようだ。
7:00、Zのお腹が減ったコールが始まった。あんまりうるさいので、昼食に利用した湖南料理屋でいいかなとも思ったが、なだめながら、別の店を探す。せっかく来たのだから、いろいろな店の味を楽しみたいというものだ。
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【夕食<干鍋鶏のコンロ>-張家界市内-】 |
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なだめるのも、もはや限界、というその時、遠くにレストランらしきものが見えた。Zが「○○(私の名前)は私のことをいじめて楽しんでいる!」とすごい発言をし始めたばかりのことである。(飯食うために、そんな台詞が出てくるのか?)と呆れながら、「ほら、あそこにレストランがある。あれで駄目なら、昼食を食べた場所に戻ろう!」。そう宣言して、手をひっぱ
た。
幸い、そのレストランは十分に合格水準。客入りもよく、外観、内装ともにまともだ。さっそく中に入って料理を注文した。もちろん、「干鍋鶏」も忘れずに
頼んだ。
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【夕食<干鍋鶏>-張家界市内-】 |
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結論だけ言うと、ここの「干鍋鶏」もとびきり美味しかった。おかげで、「張家界」での最後を飾るにふさわしい夜となった。Zもニコニコ顔である。昼のお店もそうだったが、ここもご飯が木の桶に入って出てきた。湖南では、この木桶が流行しているのだろうか。
追記(2009年4月):数年前から、深センでも湖南料理が大流行し、「木桶」を店名に加えた湖南料理チェーン店も多く見られるようになった。しかし、味は本場の湖南料理に遠く及ばない。是非、もう一度湖南省を訪れたいものだ。
食事を終えて、9:00近くにホテルへ戻った。やっぱり4ツ星ホテルは綺麗でいい。快適なお風呂とベッド。長沙では街歩きもできたし、岳陽の観光地もほとんど回ったし、冬の張家界も味わった。あちこちで、美味しい食事も楽しんだ。今までは、留学時代に馴染んだ貴州省の唐辛子が大好きで、湖南省の唐辛子はどうも好きになれなかったが、これからはどちらも大好きということになりそうだ。本当に、もう一回来てみたいと思わせるぐらいの湖南省であった。
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