銀川市の旅2


2009年8月16日
 本日は6時起床。
 シャワーを浴びて、すっきりした後、朝食に行った。無料の朝食バイキングだ。外来者は20RMBとなる。豪華ではないが、サラダの種類が多いバイキングだったので十分満足できた。

 7:45、ホテルを出発。本日最初の目的地は、「沙湖」だ。この観光地は、手持ちの「地球の歩き方」には掲載されておらず、中国の旅行ガイドブックで紹介されていた。5A級の観光地だから、開発費にずいぶんとお金がかかったことは推察できる。銀川の地図にも写真付きで宣伝されていた。しかし、砂漠と湖しかなさそうなイメージだから、あまり気が進まなかった。砂漠は新疆と内モンゴルでも訪れているので、新味がないからだ。しかし、Zに押し切られる形で銀川では優先度一の観光地として訪れることになった。 
 ガイドブックやインターネットの情報を総合すると、「沙湖」行きのバスは「南門」バス・ステーションと「北門」バス・ステーションの二ヶ所から出ているはずだった。「南門」バス・ステーションはホテルからすぐ近くの、昨日訪れた「天安門そっくりさん」のそばだ。ただ、昨日の様子だと停車していたバスは非常に少なく、バス・ステーションとして機能しているようには見えなかった。それでも、ホテルから近いので、まず行ってみることにした。
 
 「南門」バス・ステーションに着いてぐるりと周囲を見回してみる。三ヶ所ほどに分かれてバスが数台停まっていたので、一ヶ所ずつまわってみた。バスの正面にある行き先プレートを確認してみるが、どこれも「沙湖」行きのものはなかった。Zがベンチに座っていた地元の人らしき人に尋ねてみると、ここのバス・ステーションのバスは一部を残して別のところに移転しまったらしい。
 タクシーに乗って、「北門」バス・ステーションに移動。下車して建物をみると、「銀川旅遊バス・ステーション」という文字プレートが貼り出されていた。きっと、ここも元の位置から移転したか、改装でもしたに違いない。「旅遊バス・ステーション」というと、もしやツアー・バス専用のバス・ステーションなのかと心配になったが、ロビーの中に入ってみると、普通のバス・ステーションと同じ窓口があり、そこで「沙湖」行きのチケットを買うことが出来た(15RMB/人)。
 スタッフにチケットを見せて改札を抜けようとすると、まだ時間が来ていないから駄目だと言われた。発車時刻の15分前にならないとコンピュータが受け付けないのだという。時計を見ると8:10。チケットに書いてある発車時刻は8:32だから、まだ少し早い。ジュースを買って待っていることにした。
 

 8:15。今度はスムーズに改札を抜けることができた。流れに任せて他の客の後を付いていくと、バス・ステーションの建物の角のところに「沙湖」のプレートを正面の窓のところに置いたバスが停まっていた。さっそく乗車する。中国内陸には珍しく、皆チケットの座席番号を確認しながら席についているのを見て、私たちもチケットの番号を確認した。「15」、「16」の並び番号だ。ところが、座席の上部にある番号札をたどって席に向かうと、「15」の席のところに男性が座っていた。
 「どうする?別の場所に座るか」
 「駄目、どいてもらいましょ。座席指定なんだから」
 Zは男性に向かってチケットを見せながら、「ここ、私たちの席ですけど・・・」と告げた。
 すると男性は意外そうな様子で、自分のチケットを取り出すと、「私のも『15』ですよ」と答えた。
 「ええっ!」
 男性が取り出したチケットを覗くと、たしかに座席番号のところに「15」と刻印されている。これでは男性をどいてもらうわけにもいかない。とりあえず、後ろの席に腰を下ろした。
 私たちが座っている席のチケットを持っている客もいるだろうから、どうしたものかなと心配していると、あちこちで喧しい声が上がり始めた。どうやら私たちと同様、同じ座席番号のチケットを持った客たち何組もいるらしい。そのうち、一人の勝気そうな女性が「私、ちょっと運転手に聞いてくる!」と言って、ずかずかと前方に向かって歩いていった。
 「どうして同じ番号のチケットがあるの!」
 「どれ、チケットを見せてください」
 運転手は冷静に答えると、女性が差し出したチケットをしげしげと眺めた。
 「これは32分発のチケットだよ。このバスは30分のバス。32分のはあっちだ」
 そう言って、バスの外を指差した。
 乗客たちは皆自分のチケットを確認し出し、32分のチケットを持った乗客たちはがやがやと下車して斜め横にあるバスに移動した。私たちのチケットも32分のものだったので、後を追ってバスを移った。 

 「まったく、まぎわらしいなあ」。
 私たちはぼやきながら、席に着いた。さきほどのバスと全く同型のバスである。違うのはカーテンやら内装やらがやや薄汚れていることぐらいだ。しばらくして、30分発のバスが発車し、それに続くようにして私たちのバスも出発した。

 9:15、「沙湖」のインターの出口に着いたらここで渋滞。なかなかバスが進まない(9:15)。 今日は「沙湖」以外にも行きたいところがあるから、こんなところで時間をロスされると非常に困る。少しイライラしかけたところで、バスはまた走り出した。

 9:30、「沙湖」到着。日差しがかなり強い。近くにあった売店でひさしの大きな帽子を購入することにした。店員の言い値は15RMB。Zはこれを粘り強く交渉して8RMBまで値下げして手に入れた。それから、広場を大きく横切った100Mほど先にあるチケット売り場までテクテクと歩いていった。

 チケット売り場には電光掲示板で大きく料金が表示されていた。一般的な大型客船で湖を渡り砂漠(島?)まで往復するのが90RMB(/人)。豪華客船なら、110RMB。モータボートなら130RMBという具合だ。大型客船だと待ち時間が長いことがあるから、つまらない場所ならモーターボートで行って、さっさと帰ってきたほうが効率的だ 。ここで1,2時間節約できれば、あとのスケジュールがずいぶんと組みやすくなる。とは言うものの、現時点でそんな主張をしたところで、Zに聞き届けられるはずがない。大人しく90RMBのチケットを2枚購入することにした。

  さあ、それでは入場だ。ところが、ここでお腹の具合が悪くなってきた。トイレに駆け込もうとしたものの、プラスチックの立て札が出ており、使用不可とのこと。そんな馬鹿な・・・。いや、入ってしまおう、入ってしまえば、なんとかなる。そう考えて前に進もうとしたところ、別の客が横から突進して、迷わず中に向かった。ところが、内側から清掃の女の子が出てきて、押とどめられた。
 「今は使えません」
 「何で!」。客はだいぶ焦っているらしく、厳しい調子で尋ねた。
 「水が出ないんです」
 「・・・・・・・使わせてよ」
 「駄目です」
 「じゃあ、他にどこにあるんだよ」
 「バス停のところにあります」
 (あそこにトイレなんかあったっけ?)と私は思ったが、この二人のやりとりを聞いていても仕方がない。諦めて、バス停のほうへ戻ることにした。
 もともと広い広場であるが、こういう状況では余計に広く感じる。小幅に刻むように素早く歩を進めて、バス停のほうへ向かった。(本当にあっちにあるんだろうな)と不安に襲われたが、さきほど帽子を購入した店の後方にそれらしき建物が見えたので、ほっと一息ついた。5A級の観光地だけあって、綺麗な広州トイレだ。走るようにして中に入った。

  用を済ませて、改めて「沙湖」に入場だ。5A級観光地にふさわしい、デザインの門をくぐり抜けた。すぐ目の前に大きな湖が広がり、岸際には民族風のわら葺のパラソルが並んでいる。空は強い日差しにも関わらず、白く濁ったままだ。これは天気がどうのというよりも、恐らくこの地域一帯がこういう日差しにしかならないのだろうと思われる。当然、湖が美しく見えるということはない。
 「Z。やっぱり、なんかつまらなそうだよ」。それとなく詰る私。
 「まだわからないでしょ」
 声の調子はまだ強いが、自信が揺らいでいる様子がうかがえる。

 船着場に客船がやってくるのを待って、乗船。渡し船に近い、内装も何もない、詰め込み形の船だ。ぞろぞろと皆乗船をし出す。できるだけ多くの客を乗せたいらしくなかなか出発しなかったが、10:15、ようやく岸を離れた。

 岸を離れてしばらく経つと、強い日差しにも関わらず、急に涼しくなった。船を囲む風景は、小さな砂漠の島がところどころにあり、その周囲に葦(だと思う)が生えているといったところだ。ずいぶんと殺風景で、埋立地とたいして変わらない景色だ。せめて鳥でも飛んでいれば華やかになるのにと思わずにいられない。

 乗船した当初は期待に満ちていた客たちも、たいくつな風景が続くに連れ、徐々に失望の表情を見せていく。ときおり、モーターボートが横を走り抜けていくときだけ、わずかに声が上がる程度で、眠ってしまいそうだ。Zもつまらなそうな顔をしていたので、「つまらない?」と尋ねると、「まだ(船に)乗ったばかりばかりでしょ」と言い返してきた。
 「でも、この先だって砂漠があるだけだぜ」
 「そんなの分からないでしょ。まだ着いていないんだから」
 そうだ。着いてみないとわからない。だが想像はつく。

 しばらくして、葦が地平線の先まで伸びている景色が現れた。ここだけは良い景色だ。これで、空が青々としていれば、さらに素晴らしい。季節によっては 案外良い観光地になるのかもしれない。

 やがて対岸が見えてきた。砂漠の島のようだ。島の周囲ではモーターボートでパラシュートを引っ張るパラセイリングを楽しんでいる客がいる。中国の観光地では、こうした比較的富裕者向けのレジャーが少なくない。特に目玉となる風景がない場合は、こうしたレジャー設備で金を使ってくれる客を集め、稼ぐしかないのだろう。しかし、「5A級」というのは国家が定めた風景地区に与えられるもののはず。こうしたレジャー設備で客を集めねばならない場所が「5A級」というのには、やや疑問が残る。

 10:40、対岸に到着。視界にあるのは砂漠、ラクダ、大勢の観光客だ。砂漠が熱を蓄えているためか、ずいぶんと暑い。さて、何をやろうか?ラクダは内モンゴルやら新疆やらですでに乗っているので興味が湧かない。ここからは見えないが恐らくバギーなどの砂上を走る乗り物もあるだろうが、だいたいこういう乗り物は10RMBや20RMBでは済まず、50RMB、100RMB単位でお金が飛んでいく。それも10分とか20分ぐらいの時間でだ。内モンゴルで一度乗っているので、もう十分という感じだ。
 湖上を飛ぶモーターグライダーやパラセイリングをボーッと眺めているとZが「なんだか、つまらない・・・」とぼそっとつぶやいた。「えっ、何?何ていったの、もう一回言って」と私が突っ込むと、「やだ、言わない」とそっぽを向いた。自分の選択ミスを認める気にならないらしい。
 もっとも、この銀川は本当に観光地が乏しい。銀川郊外の観光地としては、「西夏王陵」と「賀蘭岩画」があるのだが、これらもインターネットやガイドブックで調べた限りではあまりぱっとしない。Zが「沙湖」へ来たがったのも、他に目ぼしい観光地がなかったからなのだから、仕方がないとも言える。

 「とりあえず、上にでも登るか?」
 私が砂漠の山の上を指し示すとZも同意を示して、うなずいた。幸い、リフトが設置され、上まで続いているから楽々といける。
 「じゃあ、あのリフトで上がっていこう」
 「駄目、こんなに近いのに何でリフト使うの。お金の無駄遣いよ」
 「たしかに短い距離だけど、砂の上だからけっこう疲れるよ。それに砂が靴に入るし」
 「とにかく、私は歩いて行くわ」
 二手に分かれて上へ登っていくことになった。

 短いリフトなので、数分で山の上に到着。歩いて登ってきたZに、「どう?疲れただろ」と声をかけると「全然!楽々よ」と強気の発言だ。二人で並んで山の向こう側を見渡すと、一面に砂漠が広がっている。遠くの方にはなぜか観覧車があり、周囲に小さなアトラクションがいくつかある。その他、芝ソリ、バギーなどもあるようだった。
 わずか数分で上からの見晴らしにも飽きたので、徒歩で下へ降りた。登りは大変だろうが、下りはそんなに疲れない。すいすいと下っていく私に比べて、Zはやけに足が遅い。さきほどの登りで体力を失ってしまったのだろうか。 

 下に着いてしまうともうやることが何もないので、戻ることにした。船着場まで行くと大勢の人が船を待っている。ツアー客が多く、銀川から近い「西安」などの旗を掲げた団体が目立った。

 11:50、ようやくやってきた船に乗り込んで、元の岸へ向かう。「沙湖」は景色もたいしたことがなく、砂漠もだだっ広く広がっているだけで凹凸がなく、いまいち迫力がなかった。本来は、この砂漠以外に、「鳥島」があり、そこで鳥が飛び交っている様子が楽しめるらしい(別料金)。ただ、現在は鳥インフルエンザの関係で閉鎖され、行けなくなっている。空が青い季節であれば、それなりの風景が楽しめたのであろうが、今回は時間とお金の無駄となってしまった。銀川の一つの風景として胸にしまっておくことにしよう。

 12:12、対岸に到着。そのまま出口を通って外へ。ただし、出口のある場所は入口からだいぶん離れていて、電動観覧車で入口の位置まで移動するようになっている(電動観覧車の費用は入場料に含まれているので無料である)。電動観覧車に乗車して、5分ほどで入口のところへ到着。

 さて、ここからが問題だ。来たときのバスのルートで一旦市内に戻るのが一番安上がりだ。しかし、すぐにバスに乗れたとしても戻るのに一時間かかる。そのころには13:30ー14:00。そこからさらに次の目的地に行ったとしても、「西夏王陵」と「賀蘭岩画」のどちらか一つになってしまう。 さて、どうしたものか。
 ふと前方に目をやると、タクシーが一台、ぽつんと停車している。通常、こんなところで停車しているのは、1日貸切られたタクシーで、客が戻ってくるのを待っているだけなので、利用できない。しかし、客を片道で送ってきて、戻りの時に他の客を乗せて帰ろうと待ち構えているケースもある。
   タクシーに近づいていくと、人の良さそうな顔をした、薄い灰色のひげを顔の周囲にぼさぼさと伸ばした運転手が窓から顔を出した。
 「どこに行くんだ?」
 「賀蘭山だよ」
 「じゃあ、乗ってけよ」
 「いくら?」
 「30RMB」
 (30RMB!安すぎ。少なくとも100RMBはかかる距離だ)
 「賀蘭山まで30RMBなんだな」
 「そうだ」
 にこにこしながら運転手が答えた。
 はて、どういうことだろう。賀蘭山まで行く用事でもあるのか、この運転手は?私の中国語につけいられる可能性もあるため、Zも交えて再度確認をした。
 だか、運転手の提示は変わらない。「賀蘭山まで30RMB」である。非常に怪しい話だが、ここまではっきり言っているのだ。とにかく乗ってみるしかない。覚悟を決めて、乗車することにした。

 タクシーが発車すると、Zが運転手とおしゃべりを始めた。沙湖がつまらなかったとか、こんな空気の良いところで仕事ができていいわねとか、他によい観光地はないのとかの話だが、運転手のなまりがきついため私にははっきりと細かいところまで聞き取れない。運転手は機嫌よく、Zの話に答えている。受け答えの様子を見ている限り、トラブルになりそうもない。ということは、本当に賀蘭山まで30RMBで行ってくれるのだろうか。そうだとすると大変ありがたい。

 30分ほど高速道路を走ったところで、Zが運転手に声をかけた。
 「ねぇ、さっき『賀蘭』のプレートがあったけど、あっちに向かわなくて良いの?」
 「ええっ」と運転手は驚きを見せた。
 確かに、このまま南に向かっていっては、市内に戻ってしまう。どこかで西に向かわなければ、賀蘭山には着かない。Zは意外にこういうところに気がつく。
 「そうだ、そうだ、間違っちゃったよ」
 運転手は、ゆっくり車を停車させた後、何をするかと思ったら車をバックさせ逆走させ始めた。
 (逆走かよ)
 中国では逆走は日常茶飯事、対向車線を突っ切ることも珍しくないけれども、乗っている者としては不安にさせられる。幸い、道路を走る車両が少なく、数キロに渡る長い逆走は無事終了。分岐点から「賀蘭」の方向へと車は向かった。
 ところが、10分としないうちにトラブルとなった。

 「『賀蘭山』まで、あとどのくらいかかるの?」
 Zが、分岐点からしばらく走ったところで質問をすると、運転手がさも驚いたという声で答えた。
 「『賀蘭山』?『賀蘭山』には行かないよ」
 「何で。『賀蘭山』に行くっていったでしょ」
 「そんなこといってない。『賀蘭県』って言ったんだ」
 「何言ってるの。誰が『賀蘭県』なんか行くのよ。『賀蘭山』よ」
 出たー!聞き違い作戦である。中国の悪徳タクシーはよくこれをやる。地名を間違えたり、ホテル名を間違えたりをわざとやって少しでも距離を稼ぎ、料金を吊り上げるのだ。今回はZを加えて話を進めたから、それはないだろうと思っていたのに、ぬけぬけとかましてきた。「賀蘭山(he/lan/shan」と「賀蘭県(he/lan/xian)」。shanとxianは方言では訛りの関係で微妙に似るが、声調(音の高低変化のパターン)が異なるから、これを間違えるというのは相当無理がある。
 「だいたい、さっきから何度も『賀蘭山』までどのくらいかかるかって質問をしてただろ。何で今になって、『賀蘭県』なんて話が出てくるんだよ」
 私も議論に参加して、運転手を問い詰めるが、運転手は「『賀蘭山』には行かない」の一点張りである。
 そこで、質問を変えてみることにした。
 「だったら、『賀蘭山』までだったら、いくらなんだ」
 「『賀蘭山』には行かないよ」
 「だから、追加料金を払って『賀蘭山』まで行くとしたらいくらなんだ」
 「追加・・・、うーん、そうだな」
 途端に笑顔になった運転手はわざとらしく首をかしげながら料金を提示した。
 「追加で100RMB」
 100RMB・・・。さきほど約束した30RMBを加えて130RMBというわけだ。これだけなら、それほどひどいボッタクリというわけではない。しかし、やり方があこぎだ。下手をすれば、山のそばまで来てから、また追加料金だなどと言い出しかねない。
 「追加で50RMB。それなら払うよ」
 「駄目、駄目。賀蘭山はすごく遠いんだ」
 即座に運転手は拒否をした。
 「わたしたちはね、もともとタクシーで行くつもりはなかったのよ。30RMBだって言うから乗ったのに!」
 Zが再び攻勢をかけた。
 運転手とZの押し問答が続く。この間に私は、賀蘭山と賀蘭県の位置関係を確認することにした。急いで地図を開き、賀蘭県を探す・・・。あった、あった。 ・・・あるにはあったが、賀蘭県と賀蘭山では方角が全く違った。「沙湖」から見て、賀蘭県は南側であり銀川市に隣接している一方、賀蘭山は真西に近い。もっとも地図から判断する限り、真西に向かう道路はなく、いずれにせよ銀川市の方角に一旦は大きく進む必要があるようだ。
 つまり、運転手の提案に従って100RMBを追加で払い、これから賀蘭山に向かっても損にはならない。だが、最100RMB以上かかると言われていたら、私は間違いなくバスを選んだ。それにこんなペテン師のようなやり方をする運転手に金儲けをさせてやるわけにはいかない。
 「わかった。だったら、『賀蘭山』には行かなくていい」
 「・・・・・」
 「最初にお前が言ったように、『賀蘭県』で下ろしてくれ」
 「何て言ったたんだ?」と問い返す運転手。
 「『賀蘭山』には行かない。最初にお前が言ったように『賀蘭県』で下ろしてくれ」
 「なっ、何で『賀蘭山』へ行かないんだ」
 「高いから」
 「高くない!」
 「俺たちにとっては高いんだ。いいから、最初に言ったように『賀蘭県』で下ろしてくれ」
 「『賀蘭県』に行ってどうするんだ」
 「お前が気にすることじゃない。自分たちで適当にやるよ」
 「どうして『賀蘭山』へ行かないんだ?」
 「高いからだ。50RMB追加で良いなら行ってもいいぞ」
 「行かない。『賀蘭山』はすごく遠いんだ」
 「だから、行かなくていいって言ってるだろ。『賀蘭県』で下ろしてくれっていってるだろ」
 「『賀蘭県』のどこで降りるっていうんだ」
 「どこか中心辺りでいい。いや、バス・ステーションにしてくれ」
 「どうして『賀蘭山』へ行かないんだ?」
 おかしいだろ、と言わんばかりに運転手は自分の主張を繰り返した。

 「いいから。最初の約束通り、『賀蘭県』で下ろしてくれって言ってるだけだ。お前が自分で、『賀蘭県』まで30RMBだって言ったんだから、その通りにすればいいだろ」
  私たちの思わぬ反応に動揺し、ぶつぶつ自問自答をしている運転手に向かってもう一度言い放つと、今度は別の要求を持ち出してきた。
 「『賀蘭県』まで30RMBじゃ、全然割りに合わない。もう20RMBを追加してくれ。高速道路代がかかっているんだ」
 「何言ってるんだ。自分で『賀蘭県』まで30RMBだって言った癖に!だったら、何か。最初から俺たちを騙すために『賀蘭県』まで30RMBだって言ったのか」
 「・・・・・」
 運転手はしばらくぶつぶつ言っていたが、やがて諦めたらしく、黙って車をしばらく走らせた後、小さなバス・ステーションで停車した。お金を払ってさっさと下車する。

 このどこだかわからないバス・ステーションから、「西夏王陵」もしくは「賀蘭山」へ向かわなければならない。とんだ時間のロスになったところだが、幸いにもこのバス・ステーションから「西夏王陵」行きのバスが出ていることがわかった。すぐに出発するというので慌てて乗車した(13:30)。

 道路に立っている通りの名前を見ると、「北京東路」とある。ガラガラの席に地図を広げて現在位置を確認すると、なんと「賀蘭県」ではなくすでに「銀川」市内に入っていた。あの運転手、私たちが絶対に賀蘭山行きに同意すると踏んでいたらしい。つまらないことで揉めて腹立たしい思いをしたが、市内まで30RMBで戻れたのならバスと同じ料金だ。その上すぐに「西夏」行きのバスに乗れるとはある意味、非常にラッキー・・・。
 そう思ったのも束の間のこと。このバスがひどく揺れることに気づいた。しかも、恐ろしくノロノロ運転だ。これではいつになったら目的地に着くかわからない。この区間こそタクシーで行ってしまったほうが良かったかもしれないと小さな後悔に襲われた。腹も減ってきたし。
 だらだらと走り続けるバスのルートを地図で追っていくと、「西夏王陵」まで行くには銀川市内を老(旧)区から新区を貫いて走っていくことになるだろうことがわかった。老(旧)区は昨日私たちが泊まったホテルの辺りだが、新区はまだ行っていない。いいチャンスだからどんなところかみてやろうとじっと待った。
 やがて、バスが新区へと入っていった。地図で色塗りされているから繁華街のはずだ。しかし、期待は空振りに終わり、繁華街というほどのものはなく、レストランが少し多めに軒を揃えているだけだった。時間があれば新区に来てみようと思っていたけれど、その必要はなさそうだ。むしろ老区のほうがいろいろあって楽しい。

 14:30、「西夏王陵」に到着。 入場料は一人60RMB。入口から電気観光車に乗って博物館まで移動。最近はどこの観光地もこの電気観光者があるのが定番になっている。確かにこういう物があったほうが年齢を問わずに観光がしやすくなるから間口を広げるという意味では正しいのだろうが、一律入場料に含めてしまうというのはどうなんだろうと疑問に思う。もっとも自分がもっと年をとった時には助かったと思うだけだろうから、文句も言えない。

 博物館をささっと見て回る。歴史的な物はよくわからない私たちにとって、興味深いものは見当たらなかった。墓だけでは60RMBもとれないから、博物館も作りましたというような展示品ばかりだったから、きっと入場料の値上げのときにでも建築されたに違いない。

 博物館からお墓までは徒歩である。旅行後調べたところによると、「西夏王陵」はチンギス・ハンに滅ぼされたタングート族が作った王朝の歴代皇帝のお墓だということだ。映画「敦煌」とも関係が深いらしい。東洋のピラミッドと称されることもあるそうだ。そうやって聞くと、ズズーンと歴史の重さが心に染み入ってくるが、ここに到着したときはそんなことは知らなかったら、やや大きな土塊が三つあるだけの日に焼けた土地にしかみえなかった。
 デジカメのパノラマ機能を使って初めてのパノラマ写真にトライし、三つとも一枚の写真に収めようとしたが、お墓とお墓の間の距離がありすぎて無理だった。一番大きなお墓を中心に周囲を収めるだけで精一杯だ。なお、この一番大きなお墓が西夏王朝の建国者である李元昊のものなのだそうだ。

 お墓のところから少し離れたところで、帰りの電気観光車を発見。ラッキー。大声で呼び止めて、乗り込んだ。
 ここは周囲に山しかなく、空が広々としているのだが、あまり美しくは感じられない。沙湖でも感じたように空がぼんやりとした白色に覆われているためだろう。残念なことだ。

 15:17、電気観光車を下車して、「西夏王陵」の門から外へ出た。さて、帰りのバスが来るのは何時だったか?下車する時、バスに添乗していたおばさんが何か言っていた。4時だったかな?そうすると、かなり待つことになる。タクシーにするか・・・。
 私がぼんやりとしている間、Zが門のそばにたむろっていた白タクの運転手と熱心に交渉をしていた。
 どうしたんだ?とZに尋ねると、「賀蘭山」までいくらでいくか交渉しているのだという。
 「今から『賀蘭山』に行くのか」
 「そうよ。そうでないと○○(私の名前)、いつまでも文句をいうでしょ」
 「ははっ、まあね・・・」
 もともと銀川における観光地で、私の中での優先順位は「賀蘭山」が一番だった。今日最初に行った「沙湖」はどう考えても急造の観光地の雰囲気が漂っていたのであまり行きたくなかったのだ。しかし、Zが「どうしても行きたい。絶対楽しいよ」と言い張ったことから、最優先で朝一から行くことになった。結果として、私の予想通りつまらなかったため、Zはヤバイことになったと考えていたらしい。

 「でも、無理に行くこともないよ」
 昨日、銀川に着いて即観光地巡り、今日も朝から「沙湖」、「西夏王陵」とほとんど何も口にせずに出歩いていたためやや疲れ気味だった。体中の筋肉がシクシクと痛みを発している。風邪を引きかけているのかもしれない。
 「駄目。絶対に行く。そうでないと後でうるさくてかなわないわ」
 そう言って、Zは白タクの運転手と熱心に交渉を続け、とうとう片道60RMBという意外なほど安い料金を引き出した。ここまでやってもらっては、今さら行かないとも言えない。確かに「賀蘭山」に行っておかないと心残りでもある。Zの勧めるままにタクシーに乗車することにした。

 白タクの運転手は、私たちの次に別の客を乗せることになっているらしく、「賀蘭山」まで高速で車を飛ばした。ほとんどすれ違う車もなく、北へ北へと向かい、30分強ほどで「賀蘭山」の入口へと着いた(「賀蘭山」自体は非常に広く、私たちが着いたのは「賀蘭岩画」が見られる場所である)。(16:00)

 下車した駐車場から100メートルほど歩いたところにあったチケット売り場でチケットを購入(70RMB/人)。ここでも電気観光車の費用が込みになっている。同じ地域の観光地はだいたい同じ方針をとるもののようだ。そこから奥にさらに入っていくと入場門があり、その後ろに階段が続き、さらに先に博物館のような建物が見えた。

 なんだよ。また博物館か。それとも、あの建物が展望台になっていて、そこから巨大な岩画が見られるようになってでもいるのだろうか。(私は地球の歩き方に書いてあった「渓谷の岸壁に600mにわたって人、動物、狩猟などが線刻やも磨刻で描かれている」という文章を読み違えて、「岸壁に巨大な600mもの岩画がある」と理解していた。だからこそ、銀川第一の観光地だと思っていたわけだが・・・)。

   ここの博物館は「西夏王陵」よりは手がかかっており、立派だった。しかし、特に興味深いものはない。ささっと通り抜けて後部まで行った後、スタッフに「岩画」へはどうやって行くのか?と尋ねると、「3Fまで行って、裏口から出てください。そこに電動車がありますから、それに乗車してください」と返事が来た。
 「3Fだって」。Zと顔を見合わせて不思議がるが、とにかく言われた通りにするしかない。
 階段を上って3Fまで行った。すると、確かに裏口があり、その先の階段を下りたところに電気観光車がポツンと一台待っていた。出発されてはかなわないと小走りで寄っていくと、席はがらがらだった。運転手に尋ねると、満席になったら出発するとのこと。なんだよ、ここで待たされるのかと後ろを振り返ると、私たち同様たくさんの観光客が続いて博物館の裏口から出てきて、すぐに席が埋まって発車となった。

 すぐ近くにあるのかと思ったら、電気観光車は10分近くも走り続け、ようやく停車した。この距離はさすがに歩いては行けない。確かに電気観光車が必要だ。というか、博物館がなければ、車で直接「岩画」のところまで乗りつけられたことだろう。ただ、電気観光車が走ってきた道はきちんと舗装されていたとは言え、道幅が狭かった。現在のように観光客がツアーバスでどっと押し寄せる状況では、間にあのような博物館でも作って、駐車場や緩衝地帯を設けなければ客を捌ききれないのかもしれない。 

 観光車を下車して、小道をまっすぐに進む。この先に巨大な岩画が待っているというのか!
 期待に胸を弾ませながら、足を急がせようとした時、ふと道脇に並べられているサッカーボールの大きさぐらいの岩というか石の群れに気づいた。目を凝らして覗き込むと、個々の石の上に猿(人?)の顔やら動物の絵やらが彫りこまれていることがわかった。ふーん、これも岩画の一種か・・・。
 ・・・・待てよ。まさか、この小さな岩画が描かれた小さな石が道路に延々と続くだけじゃないだろうな。600mの岩画ではなく、小さな岩画が600m続いているだけ?その疑問をZにぶつけてみると、意味を悟った彼女は大笑い。
 「きっと、そうよ!」
 「いやいや、そんなことはないだろう」
 「ううん、絶対にそう」
 「沙湖」を選んだ失点をここで一気に相殺してしまえると踏んだのだろう。Zはかなり嬉しそうだ。
 とにかく先へ進んでみるしかない。

 小道を抜けていくとやがて岩壁に囲まれた大部分が干上がった川辺のようなところに出た。岩壁に沿って舗装された小道が走っている。小道を歩いていくと、岩壁のところどころに大理石(?)の立派なプレートがあり、岩画の説明がされていた。各々のプレートのすぐそばの岩壁に人面やら動物の岩画が彫りこまれている。さきほどと違って、個別の石ではなく、岩壁に直接彫りこまれているものの、一つ一つの岩画の大きさはせいぜい10-20cm程度だ。やはり、これが続いているだけなのか。
 「○○(私の名前)、そろそろ認めなさいよ。これが現実なの」
 おかしくてたまらないらしいZは満面の笑みで私に話しかけてくる。
 「そっ、そんなはずはないんだが・・・、いやっ、この先の一番奥のところにでっかい岩画があるのかも」
 「わかった、わかった、じゃあ、行ってみなさいよ」

 しかし、行けども行けども、小さな岩画ばかり。ここに至っては、600mの岩画など存在しないと認めざるえなかった。完全に私の勘違いだったのだ。なんたる失態だ。そもそも、600mもの巨大な岩画があったら、もうちょっと有名なはずだ。観光客がこんなに少ないはずもない。
 「でもまあ、この岩画も歴史的意義は非常に大きいよ」と自分なりにフォローしてみるが、これはZの一層の笑いを誘っただけだった。

 巨大な岩画には出会えなかったものの、代わりに野生の山羊(?)の群れが岸壁を跳ね歩いているのを見ることができた。子山羊が一匹いて水が飲みたいらしく、何度も下に下りてこようとするが、観光客が歓声を上げるため驚いてまた上に戻ってしまう。結局諦めて、群れとともに岩壁の上方に姿を消した。

 17:10、全ての岩画を見終わって、電気観光車で再び入口のところへ戻った。
 さて、問題は帰りの交通手段である。チケット売り場で尋ねたところ、もはや時間が遅くて公共バスは来ないと言われてしまった。駐車場へ足を向けると、待ち構えていたように運転手が一人現れた。銀川までいくらかと尋ねると、もう時間が遅いから銀川まではいかないという。バスがあるところまで40RMBで連れて行ってやるとのこと。
 バスがあるところまでどのくらいの距離かもわからず、高いのか安いのか見当がつかない。しかし、バスもないし、他にタクシーもいないからもはや選択の余地がなく、乗車することに決めた。

 17:30、到着したのは街ではなく、銀川の主要な観光地の一つである「西部影視城」のそばであった。ここは古代の城跡を利用して映画を撮影したのをきっかけとして、日本の映画村のようになっていったところらしい。運転手が寄っていくなら、入場門の近くまで連れて行くぞと言ってくれたが、バスの最終便に乗れるかが心配だったので断った。

 17:40、走り出していたバスを手を振って止めて駆け乗った。市内までバス代は4RMB/人だ。
 このバスは小学校の登下校に使われているらしく、子供たちが大勢乗っていた。市内に近づくに連れ、子供たちは少しずつ下車していき、代わりに仕事帰りの大人たちが乗車してきた。

 18:30、銀川駅前のバス・ステーションに到着。明日の蘭州行きのバスがこの辺りから出ているはずだったので探してみるが見つからない。諦めて食事をすることにした。ちょうど露店街があったので、屋台の砂鍋粉(10RMB/1人)で食事をすることにした。昨日食べた砂鍋粉同様、衛生的にやや怪しいが、火が十分に通ってさえいれば大丈夫なはず・・・。 

 熱々の砂鍋粉と羊肉の串焼きをたっぷり食べて満足して店を離れた。珍しいトウモロコシ焼き屋さんがいたので、ここでトウモロコシを一本ずつ買った。店のおじさんによると、自ら作った焼く器だそうだ。地元の人もあまり見たことがないらしく、どんどん人が集まってきて大盛況に。おじさんもホクホク顔だ。

 17:30、タクシーに乗ってホテルに向かう。
 途中で、運転手に蘭州行きのバスについて尋ねると、南門バス・ステーションだと教えてくれた。南門は私たちが泊まっているホテルの近くだと説明すると、現在の南門バス・ステーション郊外のほうに移動して別の名前になっているとのこと。それほど遠くないということだったので、そちらに行き先を変更してもらった。

 17:55、バス・ステーションに到着。さっそく明日の蘭州行きチケットを購入。明日の朝7:20に出発だ。およそ5時間半かかるとのこと。けっこう時間がかかる。大変だ。

 18:00、1路のバスで南門へ向かう。18:15、南門に到着。ホテル前の果物屋で果物と飲み物を買って、部屋へ戻った。

 本日はこれで終了。

2009年8月17日
 5:40、起床。昨晩はずいぶんと熱が出た。1時間ごとに目が覚めたから、疲労が体に残っている。お腹も少し痛い。だが、熱は下がったから大丈夫だろう。気合を入れて、行くぞ!

  今日も空は白く濁ったままだが、天気そのものは非常に良い。しかし、蘭州の天気は着いてみないとわからない。

  6:15、部屋を出てフロントに行き、チェックアウト手続きを済ませる。すぐにタクシーに乗って昨日のバス・ステーションへと向かった(6.5RMB)。

 6:30、バス・ステーションに到着。さっそく、蘭州までのチケットを購入(120RMB/人)して、2Fの待合室へ移動した。

 朝が早いため、ほとんど誰もいない。プラスチックのベンチに腰を下ろす。やはり、昨晩の発熱がだいぶこたえている。体に力が入らない。バスで体を休めて体力を取り戻したいところだ。

 7:05、改札を抜けて、バスに乗車。外観は昨日「沙湖」に行くときと同じバスだったが、内部はシートとシートの前後が広く取られていて座り心地がずいぶんと違う。新しくて綺麗なのも良い。

 7:20、時間通りに出発。

 9:20、サービス・エリアで休憩。

 10:50、トイレ休憩。

 11:20、甘粛省が近づくにつれて、平原が丘に、丘が山へと変わっていく。