7:00、起床。ウルムチは北京時間より2時間早いとガイドブックに書かれていたので、まだ暗いかと思っていたが、窓の外はすでに明るくなっていた。天気も良く、観光には絶好の日和だ。今日の目的地である「
天池」は日帰りでも、泊まりでも楽しめる場所という話だ。日帰りとなると、大きな荷物は邪魔になる。泊まりとなると、ホテルをチェックアウトしなければならない。どちらになっても良いようにということで、まずホテルをチェックアウト。それから、ボストンバックは列車の駅にある荷物預かり所に預けることにした。
7:40、ホテルをチェックアウト。ホテルのフロントで「天池」行きのバスについて聞くと、公共バスは出ておらず、ツアーで行くしかないと言われた。Zは、この時点で「もうツアーで行くしかないわね」という感じだ。諦めが良すぎる。中国人向けのガイドブックには、片道の中型バスが出ていると書いてあった。必ずあるはずだ。
まずタクシーに乗って、ウルムチ駅へ向かった。駅の荷物預かり所に衣服等の詰まったボストンバックを預ける。一個3元。それから、再びタクシーを捕まえて、今度は「友好百盛」デパートへ向かった。ここに「
天池」行きの片道中型バスが集っているはずだからだ。しかし、人っ子一人いない。Zが「ほら、ないでしょ」と得意げな顔をした。うーん、納得がいかない。客が少ない時期だから、やっていないのだろうか。本当はもう少しウロウロして探したいのだが、うるさいZを連れてでは、難しい。ツアーバスの鬱陶しさはZも味わったことがあるはずなのに(なかったか?)、なぜそんなに簡単に諦められるのだろう。しかし、こうなってしまっては仕方がない。Zの文句(現実)とツアーバスの鬱陶しさ(確率の高い推測)を計りにかけた結果、ツアーバスを選ぶことにした。まあ、最後にツアーバスに乗ってから、ずいぶん経つ。もしかしたら、土産物屋に寄らないツアーバスができているかもしれない。
8:00、人民公園着。公園の入口に一日ツアーバスの看板を立てた受付がいくつもある。タクシーを下車すると、途端に客引きたちが寄ってきて、「『天池』にいくのか?」と食いついて離れない。しかも、皆背が高いので、圧迫感がある。
「じゃあ、『天池』までいくら?」
Zが聞くと、「150RMB」と答えが返ってきた。
「高いわねえ」と応答するZ。相場などわからないので、適当に言っただけのことだろう。
ところが、客引きは「高い?どこが高いんだ」といきなりケンカ腰で対応してきた。いままでの旅行先で、こんな応対をしてきた客引きはいない。中国人らしく、強気なZも、一瞬半歩下がったほどだった。次々と客引きの声が私たちにかかる。こちらが「ちょっと考えさせてくれ」と言っても止まらない。「おまえたちに聞きたい。今日は『
天池』に行くのか、行かないのか」と詰め寄ってくる有様である。ただ、私に向かっては先ほどZに対して見せたほどの剣幕はない。新疆は宗教色の強いところだから、女性に言い返されるのと必要以上の反応を見せてしまう男性が多いのかもしれない。
なんどかやりとりをしているうちに、食事込み、入場料、往復のバス代で、「150RMB」ということがわかってきた。そのうち、入場料は100RMBらしい。
試しに、往復のバス乗車だけで、チケットは自分たちで買うからというと、「50RMB」と言ってきた。なんでだ、入場料が100RMBで、それプラス食事代が入る
。だから、バス乗車代だけならもっと安くなるはずだ。そう言って反論すると、「ツアーで一緒に中に入れば、入場料は85RMBになるんだ。それが俺たちの利益だ」とのこと。なるほど・・・。しかし、そうなると、バス乗車だけにする意味が全くなくなる。さて、どうしたものか。
だんだん相手をするのに疲れてきたので、一旦退散。入口前を少し離れて二人で相談をする。しかし、ツアーバスに乗りに来たのだ。ここで迷っていても仕方がない。少しはましだろうということで、バスの横の受付ではなく、入口の正面にある小さな建物で値段を聞くことにした。しかし、結局、さきほどの客引きたちがやってきて横でやんややんやと騒ぎ出す。カウンターの前なので、態度は少し大人しいが基本は変わらない。カウンターで受け付けをしているスタッフはお金の管理だけが仕事らしく、客引きたちを止める様子もない。やむなく、料金交渉に入った。
大半が『天池』に入るためのチケット代らしく、値引きはほとんどなかった。食事なし、入場料、往復のバス代込み、(一応保険料も)で、135RMB/人までが精一杯のようで、それ以上値段が下がる気配はない。さっきのバス乗車だけにしようかな?と試しに料金を聞いてみると、バス乗車だけなんてのはないよと言い切られてしまった。「さっき50RMBって言ってただろ」と突っ込んでみたが、そんなことは言っていないの一点張りだった。やむなく、135RMB/人で交渉成立。(今考えてみると、バス乗車だけというのは、バス横だけで受け付ける非公式な取引だったのかもしれない。あるいは、もうツアーに参加してくれそうだと見切ったから、バス乗車のみは拒否することに決めたのか?)。
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【一日ツアーのチケット売り場】 |
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バスに乗って、出発を待つ。客引きは座席はほとんど埋まっていて、客の到着を待つだけだというようなことを言っていたが、なかなか客が来ない。さきほど私たちが料金交渉をしていた場所にぽつりぽつりと人が集まり、客引きたちに説得されてはバスに乗り込んでくる。乗り込んできた客たちが「なんだ、すぐ出発するんじゃないのか」と文句を言うが、お金を払ったら、私たちと同じで後の祭り。早々に客でいっぱいになって発車してくれるのを待つしかない。それに、バスが一台しかないのだから、他に選択の余地がなかった。客引きたちがどう言ったにせよ、結局、ここで待つしかないわけだ。
出発までまだまだ時間がかかりそうなので、近くのコンビニエンスストアで、飲物とお菓子を購入することにした。戻ってくる途中、10人乗りほどの中型のバンから運転手が声をかけてきた。天
池までのツアーバスだという。140RMB/人。私たちが決めたツアーバスよりも、5RMB高いが、なんだかこっちのほうが良さそうだ。しかし、人民公園前のツアーとは違うようだから、若干不安もある。旅行社経由で頼むと、こういった中型バンでのツアーに参加ということになるのだろうか。これだけ少人数だと、もしかしたら、大型バスと違って土産物屋によることもないかもしれない。
バスに戻ると、だいぶ客が増えていた。すでに9:00を回っている。何気なく外を見ていると、「茶葉蛋」を売っている屋台の兄ちゃんが追加の仕込みをしていた。
まず、炊飯器にペットボトルからタレらしきものをドボドボと注ぎ込んだ
。恐らく、お茶のエキスか何かだろう。それから、卵を炊飯器の隅でコツンとさせて、ひびを入れた後、タレの中につけ込んだ。なるほど、「茶葉蛋」に最初からひびが入っているのは、卵を積み上げた重さで割れたわけではなく、つけ込む前にひびを入れていたのか。早くお茶の味が染みこむようにということなんだろうけれども、埃だらけの路上で売っているから、衛生面で多いに問題がありそうだ。もっとも、それを言ったら、屋台のものは何も食べられないか。Zが日差しが強いから帽子を買ってくると言って再び車外に出て、ついでにトウモロコシを買って帰ってきた。一本1.5RMB。あまり美味しくない。
9:25、出発。
途中で、幾人か客を拾って市外へ出た。市外へ出ると、途端にガイドのマシンガントークが始まった。今日のツアーの注意事項やら、両脇に見える風景の説明やら、止まることなく続く。中国のガイドは本当によくしゃべる。喉が鉄でできているんじゃないかと思うほどだ。日本でツアーに参加したことはないが、ここまでしゃべらないんじゃないかと思う。幸い、今日のガイドの女性は小柄で、声がそんなに大きくない。「天
池」に到着するまで、眠ってしまうことにした。
11:30が近づいた頃、ガイドが「先ほどお話ししました通り、このツアーでの私たちの利益は非常に少ない・・・・」などと話始めた。面白いことに中国のツアーでは土産物屋へ寄る前に必ずこれを言うように思う。また、翡翠屋かなと思っていたら、今日立ち寄ったのは薬
材屋だった。ほとんどの乗客がガイドについて中に入っていったが、私たちは脇にそれて、外で待つことにした。
幸い、すぐ近くに川が流れていたので、そちらへ行く。
川のところまで来ると、さっそくZが手を伸ばして水の中に差し入れた。
「冷たい。きっと雪解け水だからよ」
と大喜びだ。私も水に触れてみる。確かに冷たい。
それからしばらくは、水かけ合戦。まぁ、これは恒例のようなもの。水のあるところ戦いあり。
日差しは強かったが、冷たい水のせいか木陰にいると、涼しかった。おかげで退屈な待ち時間を快適に過ごすことが出来た。
20分ほど経って、皆がバスに戻ってきた。ここに着いた時、私たちが中に入るのをやめて列を外れたとき、「なんだよ、せっかく来たんだから入っていけばいいのに」と言っていた若者が、「セールスばっかりだったよ。全く腹が立つ」と怒っている。そう、皆が通る道なのだ。でも、皆が皆怒っているわけではないのは、やはり、交通費が大幅に節約できるからだろうか。
11:50、薬材屋を出発。皆大型バスばかりで、今朝見かけた中型のバンは停まっていない。ということは、あのツアーに乗れば、ここに寄らないで住むということだろうか。まぁ、ここでなくて別のところに連れて行かれれば、同じだが。
12:00、天池着。ツアーの場合、個々にチケットを買うことはないらしく、バスの中で手続きを終えて待つ。手続きを終えると、すぐに出発。さらに20分ほど車で上ったところで、駐車場に到着。ここで下車。駐車場から湖のあるところまでは、徒歩を除くと、二通りあって、バスかリフト。駐車場に到着するまでの間、ガイドがしつこくバスで行くことを勧めていたので、リフトを選んだのは私たち二人だけだった。リフトだと、待ち行列が長いから、時間をコントロールするのが難しいらしく、ガイドは最後までぶつぶつと文句を言っていた。
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【天池の駐車場】 |
駐車場からリフトのあるところまでは歩いて5分ぐらいのところ(湖行きのバスも同じぐらい)。さあ、行くぞ、と気合を入れて歩き出した。駐車場の外に出る道を通らずに、70cmぐらいの高さのコンクリートの土手の真ん中ぐらいのところに右足をかけて、左足で地面を蹴った。あら、よっと!
その瞬間、左脚のふくらはぎに激痛が走った。左足は見事に土手の上に到着し、右足を引き上げたものの。激痛は治まらない。痛い、痛てて。痛いなんてものじゃない。しばらくうずくまって、ふくらはぎを揉むが全く痛みがひかない。これは致命的だ。肉離れ?初めて中国に来るとき、その一ヶ月前ほどに、左足首を捻ってゴムボールぐらいの大きさの腫れが出来たことがあった。そのときは病院に行って石膏で固められて、2週間ぐらい松葉杖で暮らしたのだが、痛みの衝撃としては同じぐらいだ。さすがにヤバイ感じだ。今回は外観では腫れが見つからないので、痛みの源はふくらはぎの内部にあるようだ。
痛みを我慢して歩き始めるが、左脚がまともに動かない。右足に体重をかけて引きずるように歩くが、リュックが重すぎる。Zに頼んで、リュックを交換してもらうことにした。私のリュックは空の状態でも2キロ近くあるので、Zには負担が大きい。だか、このままでは天池にいくのを諦めてここで待っているしかなくなる。我慢してもらうしかない。いきなり巨大な重石を与えられたZは、ぶつぶつ文句を言うが、瀕死(?)の状態の私をみては、さすがに断れない。「重たいわ・・・」と言いながらも歩き出した。私も懸命についていくが、とにかく足がいうことをきかない。右足を動かして、左脚を引きずり、また右足を動かして左脚を引きずるという具合なので、30cmぐらいずつしか前に進めないのだ。
旅の終わり頃ならともかく、初っ端でコレは痛い。今日の天池はなんとかこなせるとしても、明日はどうだろう。むしろ、ここは休んでおいて、病院に直行したほうがいいのではないか。しかし、せっかく来たのに、登らずに帰るというのは・・・。テーピングテープかサポーターがあれば、いいのだけれども。実は、昨年ぐらいまでは、いつも旅行のときは、サポーターをリュックに忍ばせておいた。さきほど書いた中国に来る直前に痛めたところが、たまに痛むことがあったからだ。しかし、ここ数年痛まなくなっていたので、今回は、サポーターを荷物から外してしまっていたのだ。でも、サポーターをもってきたにしろ、恐らくボストンバックの中だっただろう。ボストンバックは駅の荷物預かり場所にあるから、結局、今は使えないわけだ。ああ、なんという不運。まさか、12年後の今頃になって、再び左脚を事故が襲うとは・・・。まぁ、今回は年を考えずに、無茶をやろうとした自分に原因があるわけだが。
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【リフト乗り場】 |
5分で行けるはずのところを、20分近くかけて到着。リフト乗り場から人が溢れ長い行列となっている。30分は順番待ちとなりそうだ。すでに12:30近い。天池の湖に着くのは1:30ぐらいになりそうだ。4:15までに駐車場のところまで戻って来るようにという話だったから、天池には実質1時間半ぐらいしか居られないことになる。ツアーバスのつらいところだ。まあ、今は先のことを考えるのはやめよう。
リフトの往復チケットを買って、列に並んだ。脚の痛みはひどくなる一方だ。正直、立っているのもつらい。Zも私のリュックの重さが堪えるらしく、「重い、重い」とうめき声を上げている。確かに女の肩には、重すぎるリュックだ。しかし、どうしようもない。
1:00、ようやくリフトに乗れた。二人用のリフトに両脇から飛び乗った。脚を引きずりながらなので、どきどきものだ。Zは重いリュックを下ろせてほっと一息といった表情をし
た。
リフトがグングンと上に上がっていき、景色が変わっていく。ガラスがついていない開放式のリフトなので、風を浴びられて気持ちがいい。写真をとろうとデジカメをポケットから取り出していると、Zが「○○(私の名前)、もっとこっちに寄って!こっち」とうるさく声をかけてきた。そう言っておいて、Zは端の方へ寄る。私とZの体重差で傾いたリフトを立て直そうというのだ。そんなに傾いているかなと前方の手摺りに目をやると、確かにけっこう傾いている。「しょうがないなあ」と言いながらも、慌てて中心部分へと身体を寄せた。ようやくバランスがとれて、リフトが平らになった。
落ち着いたところで、再びデジカメを取り出して風景をとる。Zが「ほら、あまり動かないで」と文句を言う。Zは高いところが苦手なのだ。実は、そういう私も高いところが苦手であるが、Zの前で弱みは見せられない。「はい、はい」と聞き流して、カメラを取り出して写真を撮り続けた。
この「天池」を中国人は「中国のスイス」とも呼んでいるらしい。私はスイス(というか、中国とシンガポールしか行ったことない)に行ったことがないので、よくわからないが、山の形は確かにこれまで見たことのあるものと違っていて、映画で見るヨーロッパの山々に似ているようにも思えた。
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【リフト乗り場から湖まで - 電気観覧車から -】 |
20分ほど上に登ったところで、リフトの終着点に到着。足を引きずったままで上手に下りられるか心配だったが、なんとか着地することができた。建物から外に出ると、電気観覧車が待っていて大勢の人が乗り込んでいた。その一番後ろの席に乗車した。このまま湖のところまで行ってくれるらしい。普段だったら、歩いていったほうが
風景が見られて良いとか考えていただろうが、この脚の状態では非常に助かる。
他の客はツアーで来ているらしく、私たちだけ途中で、5RMBを支払ってチケットを購入した。
1:30,湖に到着。さすがに綺麗だ。はるか遠くに雪山が見える。確か、雪山まで馬に乗って行くことができるとガイドブックに書いてあったと思うが、あんなに遠くまで行けるとは思わない。きっと、雪山が綺麗に見られるところまでということだろう。いずれにせよ、ここで過ごせる時間は残り2時間もない。とても無理だ。脚がなんともなければ、ツアーバスで帰るのをやめて、他の手段に代えるということを考える余裕もあるだろうが、この状態ではそれもかなわない。馬は諦めるしかないだろう。
あと、天池で楽しめるところというと、湖を中心としたいくつかの風景地に行くか遊覧船に乗るかだ。風景地まではハイキングコース程度の道のりだそうだで楽しそうだが、今の脚ではとても無理。それに一時間半では、一箇所しかいけないだろう。やはり遊覧船だ。湖のこちら側の岸の隅に数種類の遊覧船が停まっているのが見える。しかし、隅とはいっても、大きな湖である。ここからけっこうな距離がある。大丈夫だろうか。
小さな広場の前で、私たちのバスのガイドが乗客たちに向かって注意事項を述べているところにすれ違った。ほとんどの客たちは、途中の店で昼食をとったようだから、リフトで遅くなった分を取り返して追いつくことができたのだろう。それとなく聞き耳を立ててみると、遊覧船に乗ると帰りの時間に間に合わなくなるから、湖のそばで景色をみるぐらいにしておいた方がいいとか言っている。観光客の旅の喜びのことなど何も考えていないようだ。もっとも、このガイドの収入の全ては私たちを連れて行く土産物屋からくるのだろうから、仕方のないことかもしれない。
ともあれ、Zと一緒に遊覧船を目指すことにした。重いリュックにぶつぶつ言いながらも、やはりZの足のほうが私よりもはるかに速い。時々立ち止まって、「○○(私の名前)、遅いよ」と声をかけてくる。どうやらZは事の重大さがわかっていないようだ。「わかった、わかった」と返事をするが、脚が治るわけでもないので、よっちらよっちらと歩き続けた。
30分以上かけて、遊覧船のところに到着。乗船した(2:05)。すぐに満員になり、出発。5分ほど船を走らせたところで、着岸。階段を登ったところに、何かが祭られているようだ。まぁ、観光地のために作られたお寺か何かだろう。「○○(私の名前)、登らないの?」とZが声をかけてきたのに、「無理、無理」と足を指さして答えた。「Zは?」と尋ねると、「こんなに日が照っているのに登ったら、真っ黒になっちゃうわ」とのことだった。
5分間停船して、再び出発。「まだ連れたち戻ってきてないわ」と、グループで来た人たちで、私たちと同様船に残った人たちが声を上げた。お寺のところまで登るだけでも15分はかかりそうだから、戻ってきているわけがない。船のスタッフは「またすぐに次のが来るから、それに乗れば大丈夫です」と回答。おおっ、事前説明ゼロ。もう慣れているけど。
後は、湖上をぐるりと回って風景を楽しんで、もとの岸へともどった。遊覧船は数種類あって、一番高いものだと、船の中で民族の踊りとかを楽しめるらしいが、私たちが乗った遊覧船は安いものなので、特に何もなし。
岸へ戻ると、もう2:30になっていた。電気観覧車のところに戻ったら、もう天池観光は終わりだ。本当にあっと言う間だ。やっぱり、一日ツアーではなぁ。もっとも、この脚がだいぶ足をひっぱっているし、そもそも、ここも景色がいいとはいえ、山の上に湖があるだけのことだから、こんなものか。頭の中ではそんなことを考えていたが、身体の方は、右足を動かして、左脚をひっぱる、右足を動かして、左脚をひっぱるを懸命に繰り返している。必死・・・。ときどきZから「まだ~、バスに乗り遅れちゃうわよ~」と声が届く。
(おまえは、事の重大性がわかっていない。一歩間違ったら、旅行を中止しなけりゃならないかもしれないんだぞ)。リュックを持ってもらっているから文句
を言える立場ではないが。
2:50、湖から観覧車の停まっている小高い場所まで、ヒィヒィ言いながらも、登り切った。ガイドが待っていてニコニコとこちらに笑顔を向けた。「ずいぶん早く戻ってきたわね」。ガイドはリフトに乗るのも、遊覧船に乗るのも反対だったようだが、時間を守る客は良い客だというわけだ。だいぶ時間の余裕をもって帰ってきたから(私は必死だったが・・・)、リフトに乗って下山しても十分間に合うと判断したようだ。
電気観覧車はすぐに出発し、2:55にはリフト乗り場の行列の後ろにつくことができた。けっこう長い行列だが、30分もあれば、リフトに乗れそうだ。
3:20、ようやく私たちの番がきた。脚を引きづりながらも、無事乗車。
「ふう、重かった。肩がちぎれるかと思っちゃったわよ」
私のリュックをリフトの床に置いたZが、恨めしげに言った。
「まぁ、まぁ、俺の脚の痛みからすれば何てことないよ」
「そんなことないわよ。すごーく重いんだから!」
「俺だって、お前のリュックを背負っているだろ」
「わたしのは軽いでしょ」
「いや、だいたい、俺のリュックにはお前の荷物も入っているんだぞ」
「そんなことないわ。もう、そんな風にいうなら、貴方のリュック持ってあげない」
「えっ・・・。わかった、ごめんごめん」
形勢不利になってきたので、素早く謝った。Zは執念深いから、本当にやりかねない。今の状況でリュックを持ってもらえなかったら、致命的だ。
「しかし、良かったね。はやく着いて」
「はやくないわよ。○○(私の名前)、全然遅いし」
かなりご機嫌斜めだ。やばい。
「ガイドの人、ずいぶん喜んでたよ」
「そりゃ、そうよ。あの人は、私たちを土産物屋に連れていくことしか考えていないんだから」
おっ、なんとか怒りの矛先が別のほうへ向いたか。
そんなこんなで、穏やかな雰囲気を取り戻し、リフトを降りた。
後は、バスまで辿り着くだけだ。しかし、甘かった。
「私、トイレに行くから、先行っているね」
私から、自分のリュックを奪い返したZは、私のリュックを地面に置いてとっとと駆け出した。
「お、おい、ちょっとリュック代えてくれよ」
「無理、無理、間に合わなくなっちゃう」
「いや、マジでキツイって」
「しょうがないでしょう」
懸命の引き留め策も通じず、鉄の塊のように黒く重いリュックを残して、Zは去っていった。
トイレがあるのは、はるか遠く。バスが停まっている駐車場のすぐそばだ。
こいつ(リュック)を持ってあそこまで行けというのか?
Zめ。鬼、悪魔。もしかしたら、途中で心変わりて引き返して来てくれるのでは・・・。
そう期待して、リフト乗車口から道路を隔てる川にかかった短い吊り橋を渡りにかかった。
一歩進むごとに、吊り橋がゆさっと揺れて、左脚を痛みが襲う。痛たた。冷やせがぽとり、ぽとりと落ちるのだった。
ゆっくり渡りたいが、はやく渡ってしまわないと、他の客がやってきて橋を揺らした時にも痛みが走るという地獄模様が始まる。
(誰も来るな・・・)
私の強い願いを無視して、5,6才ぐらいの子供を連れた夫婦が吊り橋の向こう側に現れた。
吊り橋とあって、夫婦は慎重に歩を進める。夫婦と子供の体重が加わって、吊り橋の揺れは確実に大きくなり、私の左脚への痛みも増加した。
しかし、ここでうめいていたりしたら、妙な奴だと思われるに違いない。脚を引きづりながらも、平静を装った。
(はやく渡ってしまってくれ)。心の叫びが空しく響く。
ところが、予想外のことが起きた。突然子供が駆け出したのだ。吊り橋が大きく揺れて、痛みはもはや我慢できる範囲を超え始めた。
はやく渡るのはいいが、吊り橋を揺らしてもらっては困る。そう思っていたところ、子供は吊り橋の中央で立ち止まった。
(何をやるつもりだ?まさか・・・)
悪い予感が当たり、子供はその場でジャンプを始めた。『見て、見て、父さん、母さん』とでも言うようにはしゃぎながらジャンプを繰り返し、両親を向いて手を振っている。
(さっさと渡れ!)
怒鳴りつけたいところだが、そうもいかない。だいたい、中国の親というのは、子供に好き勝手にやらせすぎだ。吊り橋で飛び跳ねたりしたら、危ないだろう。
痛みは頂点に達し、食いしばった私の口から「ううぅ」とうめきが漏れた。もはや前に進むどころではない。ロープにつかまってじっと耐える。
やがて、夫婦が子供に追いつき、悪ふざけは終わった。夫婦は苦しむ私を奇妙な動物でも見るような目で眺めて、通り過ぎ、吊り橋を渡り終えていった。
私はぜいぜいと息をつきながら、再度歩を進め始めた。もう耐えられない。これ以上、誰かが来ないうちに渡りきってしまわなければ・・・。
幸い、それ以上人は来ず、なんとか吊り橋を渡り終えることができた。
「Zは?」
周囲を見回したが、姿形なし。本当にトイレに行ってしまったようだ。Zが戻ってくるまでここで待つという手もあるが、それではツアーの出発時刻に遅れてしまう可能性がある。うーん。打つ手なし。はるか遠くに点になってみえるバス群を見据えて、覚悟を決めた。右足を進め、左脚をひっぱる、右足を進め、左脚をひっぱる。さして暑くもないのに、汗がだらだらと流れ出る。辛(つら)~。
20分の奮闘を経て、駐車場に到着。途中、Zが現れてリュックの交換を申し出たが、無視。「おまえなんか知らない」と大人げなく言い放った。これでめげるZではなく、「じゃあ、いいわよ。知らない」と言
い捨てて先に行った。
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【駐車場 - 問題の場所 -】 |
ようやく到着したのはいいが、他の客がほとんど来ていない。窓が開かない密封式のバスだから、サウナ状態になってしまっている。席につくとすぐに、ガイドがやってきて、「皆が来るまでクーラーは動かないから外で待っていたほうがいいわよ」とわずかな客に向かって告げた。冷戦状態の私とZは、無言のまま立ち上がり、外に出て各々日陰のある場所に向かった。のんびりしている客が数人おり、なかなか全員そろわない。行きはバスで行ったが、帰りはリフトでというのが二組いたらしい。リフトで上がった私たちをみて、十分間に合うと判断したのだろう。結局、30分遅れてバスは出発した
(4:45)。
最後に遅れて到着した一人の若者は、バスが出発すると、ガイドに前に出てくるように言われて、罰として歌を歌わされた。遅れなくて良かった。
バスが走り出してからも、しばらくは私とZは口をきかなかったが、
旅は始まったばかり。ここで喧嘩をしていたのでは先が思いやられる。二人ともそう思っていたらしく、徐々にうち解けて、平時の状態へと戻った。
6:10、やはりというか、土産物屋に到着。帰りは彫り物屋だった。今度は半強制的に皆建物の中に連れて行かれていった。私たちは足の件があり、
ガイドに説明をして建物の外で待機していることとなった。しかし、待てども待てども皆は出てこない。もう立っているのも辛い状態になってきた。一刻もはやくホテルに帰って休みたいところだ。Zもさすがに現状の重大さが認識できたらしく、同情的になってきた。もはや待てない。タクシーをつかまえて先に帰ってしまうことにした。ガイドに携帯電話で先に帰ると伝えると、わかったと返事がきた。
6:40、ウルムチ駅着(22RMB)。早朝預けた荷物を取りに行くためである。駅前がひどく込んでいたので、タクシーが奥まで行くのを嫌がった。それで、駅前広場の手前で下車することにした。しかし、私の左脚のふくらはぎはもう丸太のように感じられるほどで、全く自由がきかなくなっていた。良いほうの右足も一日の負担をずっと背負っていたせいで悲鳴をあげている。もう一歩も歩けない感じだ。やむなくZだけで駅脇の荷物預かり所まで行って貰うことにした。「だから、駅前までタクシーでつけてもらえば良かったのに~」とZは再び怒りモードになった。「しょうがないだろ。運転手が嫌がってたんだから」と説明するが耳に入らない。しかし、荷物が手に入らないことにはホテルにも行けないのは理解しているらしく、文句を言いながらも荷物を取りに行ってくれた。
7:00、タクシーに乗って出発。もはやホテル探しの気力も体力もないので、昨晩と同じホテルに行くことにした。
7:20、ホテル前到着。ホテルそばの薬局で塗り薬を手に入れて、チェックイン。昨晩の280RMBの部屋はすでに空いておらず、320RMBの部屋に泊まることになった。もはや料金などいくらでもいい。とにかく横にならしてくれという感じだ。
昨日より高いだけあって、部屋がやや綺麗な感じだ。Zの機嫌も徐々に直ってきた。同時に、私の脚が良くならないことには、どうにもならないことがわかってきたらしく、お使いにいってくれることになった。頼んだのは、重要アイテム「サポーター」だ。ウルムチとはいえ、「サポーター」ぐらいは売っているだろう。問題は、どこに売っているかだ。Zに発見できるだろうか。心配しながらも、期待を込めて送り出した。ホテル近くにDICOSがあるのをタクシー乗車中に目をつけておいたので、帰りにチキンを買ってきてくれと頼んでおく。
9:00、Zが戻ってきた。かなりご機嫌である。サポーターは?と私が尋ねる前にZが話し出した。
「ほら、昨晩通りがかった、このホテルのすぐ前の、夜店のあったところ。あそこ、ウルムチで一番の夜店通りなんだって。ほら、たくさん食べ物買ってきたわ」と言いながら、テーブルの上に、羊の焼き肉やら、鶏と野菜の炒めたのやら、ナンで涼菜を包んだのやらを広げだした。
「サポーターは?」と尋ねると、「うん、まだ買ってない。ほら、お腹が空いているだろうと思って。食べ終わってから、買いに行くは。実は、あっちでも少し食べたんだけどね」とのこと。「でも、あんまり遅くなると、店が閉まっちゃうぞ」と突っ込んだが、「大丈夫。こっちはすごく遅くまで店がやっているみたいだから」と相手にされない。
まぁ、どっちにしろ、今日は動けないから、サポーターは明日でもいいかと諦めて、食事を開始。羊肉がメチャメチャ美味しい。鶏肉も美味しい。涼菜をナンで包んだのも美味しい。自分の足で屋台通りを歩けなかったのが残念だ。
食事が終わると、Zはサポーターを買いに再び出て行った。ほんとに買ってきてくれるのか?と心配だったが、30分ほどして、サポーターを持って帰ってきた。良かった。サポーターさえあれば、なんとか動けるはずだ。しかし、明日一日は、あまり無理をしたくない。塗り薬を入念に脚にすり込んで、明日の計画を練る。
脚のトラブルがなければ、明日はウルムチの、天池に並ぶ観光地である「南山牧場」にいくところだが、どうだろう?ちょっと無理かな。脚が治っていれば「南山牧場」。そうでなければ、トルファンに向かってしまい、明日は移動日としてしまうほうが良さそうだ。そうすれば、ほとんど脚を使わないですむ。そんな風に頭を絞っているところに、Zが「私はハミに行きたい」と我が儘を言い出す。ハミから半日ほど車で行ったところに、大草原があるのだ。数年前に、内モンゴルまで旅行にいったものの、草原の状態が悪く、美しい大草原を味わうことができなかった。だから、9月というベストシーズンに草原へ行くのは私も望むところだ。しかし、ハミまで半日以上、草原まで半日以上では、往復の移動だけで四日間をとられてしまう。7泊8日の旅ではあまりにもリスクが高い。草原がたいしたことなかったら、移動だけの旅になってしまうからだ。脚がベストの状態ならば、半日移動ごとに、頑張って市内観光をするという強行軍も可能だが、今はとても無理だ。「まあ、トルファンまで行ってから考えようよ」とお茶を濁して、話を終わらした。とにかく、身体を癒さなければと深い眠りに入った。 |